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 苦しい心持ちのまま、禿に付き添われ、門前に出ると、そこには二つの影があった。  金子を渡したのか、雇い主である男の隣で谷嶋がふんわりと優しい笑みを向けてこちらを見ている。  それだけで跳ねる心臓。目の前の彼に手を取られれば、早鐘のように鳴り響く。 「美しいよ、春菊」  ただでさえ胸が熱を持っているのに、そんなことを耳元で言われれば(とろ)けそうになる。彼と共に進む石畳の上で何度も下駄が引っかかり、転びそうになった。  進む先には高級そうな黒塗りの馬車が一台止まっている。金で売られた自分には振り返ることは許されない。  そうして春菊は廓を離れ、少し離れた彼の立派な屋敷で世話になることになった。  屋敷は和と洋を取り入れた大きな家で、春菊は自分の部屋をあてがわれ、身の回りの世話をしてくれる侍女が付いた。  谷嶋とは別室で過ごしていた。  それはおそらく自分は患者で、あくまでも身請けは道理的なものだと言っているのだと、何も分からない春菊でさえもよく理解できた。  所詮、自分は哀れみを持って彼に連れてこられたのだ……。  当然といえば当然だ。自分はなにせ、軟弱でしかも夜伽を知らない役立たずな色子なのだから……。  そう思えば思うほど、同じ場所に居ながら、心の距離が離れていくようで虚しくも感じられた。  そんな苦しい胸の内を持つ春菊の前に、追い討ちをかけるように、とある人物が現れた。  その日は、広い屋敷にいるのはいつものことながら、世話を焼いてくれる侍女と二人だけで、谷嶋は仕事で家を留守にしていた。

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