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 そう思い、春菊は眉毛を下げて口元に笑みを作る。  これでなんとか笑っているように見えるはずだ。そう自分に言い聞かせ、匡也とハルに笑顔を向けた。 ……それなのに、匡也の表情はますます曇っていくばかりだ。  どうやら、安心してもらおうと意図した春菊の微笑みは、見事に失敗したらしい。  微笑みさえも上手くできないなど、お客の接待をしなければならない色子として失格だ。自分はどこまでも役立たずな人間なのだと、春菊は自分自身を戒めた。 「おハル、ここはいいから食事の用意をお願いするよ」  匡也がそう言うと、ハルは素直に頷き返した。それでも春菊を気遣い、目配せをしたあと、彼女はこの場を去っていった。  残されたのは春菊と匡也だけ――。  ふたりきりになるのが久しぶりで、正直何をどうすればいいのか戸惑ってしまう。  いや、それだけではない。匡也は仕事がある。彼は、こんな役立たずな自分のことで時間を潰すような気楽な身分ではないのだ。 「なんでもないよ? ハルが早とちりしただけなんだ、ほんとだよ? 早くお仕事に行く準備をしなきゃ!!」  春菊は匡也に心配をかけまいと、わざと明るい声を出し、元気だということをアピールするため、寝間から腰を上げた。立ち上がったその途端、春菊のほっそりとした腰の辺りが痛みを訴えた。  同時に身体が揺れる。 「春菊!!」  春菊は転げ落ちそうになったものの、しかし、全身にやってくるだろう痛みは感じなかった。  なぜだろうと、不思議に思い、見上げると、そこには整った匡也の顔があった。 「昨日の今日だ。下手に動くのはよくない」  眉尻を下げた匡也が、そう言った。 (昨日の今日?)  対する春菊は、彼が口にしたその言葉の意味を理解できずにいた。

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