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 だったら、これ以上浅はかな望みを抱く前に、すぐにこの屋敷から出て行かなければならない。 (――今日、匡也さんがお仕事にでかけたら……ハルが洗濯に行った隙を狙ってココを出よう)  それがいい。  春菊は、そう心に決めて、ふたたび笑みを浮かべた。 「春菊……また何かおかしなことを考えているね……?」  それなのに、匡也は春菊が今、どういう心境でいるのかをすべて見透かしている。  匡也はぽつりと呟き、腕から抜け出そうと広い胸板を押す春菊の肩に腕をまわした。  そして……。 「んぅ!?」  突然息苦しくなった春菊は目をこじ開けた。 何事かと思い、目を瞬かせ、そうして今置かれている自分の状況に驚いた。  それは、近くにあった薄い唇が、春菊の口を塞いだからだ……。 「んん、んんぅ……きょっ、あっ!!」  なぜ、こうなっているのだろうか。  春菊が匡也の名前を呼ぼうと口を開けると、生ぬるい感触が口内に滑り込んできた。 「んぅ……ぅぅぁっ」 (どうして? どうしてこうなっているの?)  突然の出来事に、春菊の頭が真っ白になってしまう。おかげで春菊の口は閉じることができない。  驚く春菊を尻目に、しかし匡也は重ねた唇を離そうとはしなかった。それよりも、重ねた唇はよりいっそう、深くなる。  彼の熱い舌が春菊の歯列をくぐり、口内を我が物顔で蹂躙する……。 「うっ、あっ!」  クチュクチュと、卑猥な水音が、春菊の耳を犯していく……。 「んぅっ」 (匡也さんっ!!)  春菊は、狂おしいほどの熱を感じて、反射的に匡也の反物を掴んだ。 「……んっ」  ややあって、俺の口を塞いだ匡也の唇が離れた。その後を追うように、一筋の糸が繋がっている。  頭がぼうっとなり、もはや春菊の思考回路は停止してしまった。  あるのは、熱をもちはじめた身体のみだ。 「今日はどこにも行かないよ。仕事先にはそう伝えてある。君の身体が心配だからね」  春菊には、彼の言葉が理解できなかった。だって、春菊の身体は匡也と、侍女のハルのおかげで、もうすっかり健康になったし、これといって特に病気を患っているわけでもないのだ。

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