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 それなのに、彼は春菊の身体を強く抱きしめる。  こんなふうにされると、春菊は匡也に、そういう対象として見られているのだと勘違いしてしまいそうになる。  違う……。  そんなことはない……。  きっと、彼は自分の夢見心地が悪いから、だから慰めてくれているだけだ。結局のところ、この深い口づけにも彼にとっては意味を成さないものなのだ。  だって、彼を想っているのは春菊だけで、彼は自分を情けで囲ってくれているだけなのだから……。  そう考えると、胸が張り裂けそうに痛み出す。  今、抱きしめられているのも、さっきの口づけも全部、彼なりの慰め方なんだと思えば、とてもではないが、この痛む胸に耐えることができなかった。  せっかく止めた涙が、じんわりと、また溢れてくる。 「春菊?」  涙を流す春菊の頭上から、自分を気遣う優しい声が落ちてくる。 (やめて!! 心配そうな声で俺の名前を呼ばないで!!) 「いい……もう、いいんだ……俺、ココを出て行くから……」  匡也を想って溢れた涙は頬を伝い、一筋の線を作って流れていく。その涙は、彼の反物を掴んでいる春菊の手の甲に落ちた。 「春菊? お前は何を言って……」 「いいんだもう。これ以上、傍にいちゃいけないことくらい、分かってるからっ!!」  募っていくばかりの想いを断ち切るため、春菊は匡也の言葉を遮った。 「怖い夢っていうのは、ほんとうは嘘だ。匡也さんに好きだと告げられた夢を見たんだ。抱きしめられて、さっきみたいな口づけをされて……。 そんなこと、ないのに……。だけどそれが現実だと思い込んでしまいそうになる!! 現実と夢の区別がつかなくなる前に、早くココから出たいんだ……」 (匡也さんの邪魔にならないうちに……)  春菊は彼から離れるため、真実を告げた。  静かになった空間の中、春菊のシャクリだけが響く。  だからこれで彼とはお別れなんだと、春菊は思った。だって、彼には有望な未来がある。それに、自分は所詮男。彼と同性の自分が、いつまでも傍に居られるわけがないのだ。  そう自分に言い聞かせ、絶望に暮れる春菊だが、それはすぐに打ち消される。  ふいに、春菊の身体が浮いたのだ。――かと思えば、敷布団の上でうつ伏せの体勢へと変化した。  何事かと思った矢先、匡也の熱い吐息が、春菊の耳をかすめた。  あろうことか、匡也が春菊の後ろから被さってきたのだ。

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