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episode.1-2
机上の契約書を睨み付ける。
対岸ではやけに見目の良い男が、悠然と紅茶を口にしている。
「…それで1ヶ月の研修期間の後、君を本部主任として正式採用する心づもりだが…此処までで何か質問は?」
「いえ、本郷副社長…?自分は出向と伺っていましたが…」
「その件に関しては社長に聞いてくれ。俺も今朝突然知らされてな、申し訳ないが」
すっぱり切られた。
もしや親父に見限られたのか…なんて事を考えたが、それなら有り金をインネン付けて絞り取った後、丸裸で放り出されるに決まっていた。
「おい、辛気臭い顔するなよ萱島…ウチは初任給でも50万、主任ともなれば年に数千万手取りも夢じゃないぜ」
中小企業にしては破格の好条件。ヤクザとの絡みも含め、完全にブラックの匂いがしてきた。
「ああそれから、お前の上司と部下を紹介しておこう」
契約書の上に履歴書がバラ撒かれる。
こんな物自分に見せて良いのか。呆気に取られながらも、彼の指差す先を覗き込んだ。
「この金髪の犯罪者みたいな奴が、派遣調査隊長…要するに実動調査隊のリーダーだが、一応調査に関する全責任を負ってる。ただしマトモな仕事はしないから、無視して構わない。寧ろ会うな、以上」
萱島が口を挟む前にシャッターが下ろされた。上司に会うなとは一体何事か。
ちらりと見えた経歴に、“アメリカ海兵隊”の記載を見て息を飲む。
「で、こっちのイケメンがお前の右腕、本部副主任。今はコイツに任せっきりになってるから、何聞いても答えてくれる筈だ。まあ会えば分かるが…滅茶苦茶仕事出来るからな」
怜悧な双眼。加えて年齢に目が行った。
(…19歳?)
「後の事は頼んであるし、直ぐそっちへ向かってくれ。この部屋出て右手に折れて、直進したらメインルームがあるから」
言いたい事はごまんとあった。
そもそもが自分の預かり知らぬ所でハンコを押された契約だ。
いきなり半ば拉致され、1月後には全てを纏めろなどと無茶にも程があった。しかし多忙の副社長は目前から早々に消えた。
中途半端に腰を上げた姿勢から立ち上がり、眉根を寄せる。
もう為る様に為れだ。
教わった経路を辿り、一際物々しい自動ドアを開けた。
それにしても暗い。照明は最低限で、視覚を外しても…空気自体が頗る暗い。
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