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episode.1-10
「賑やかでいいな」
「いえ、何時もは…」
言い掛けて戸和は口を噤んだ。もしや例の一件が起こるまでは、これが平常の彼らだったのではないか。
ぼんやりと職員を“引き戻した”新任を見やる。
童顔で、一見どちらか分かり難い性別の男が液晶を睨んでいた。
「これ、社内ポータルって誰が作ったんだ」
「社長と海堂ですが」
「何でこんな無駄にスタイリッシュに…カウンタ要らないだろ、何故置いた」
「それは指定された番号でログインすると、イベント回避券が当たる仕組みです」
「イベント回避券?」
また珍妙な制度を。萱島の中で、神崎社長の人物像が益々凄い事になっていく。
「まあ“出張”だとか“当番”等の面倒事を、一回免除出来る特権ですね」
「それは果たして回避して良い物なのか…あ、戸和。此処のパスワード教えて」
「勤怠管理ページですか?」
「いや、こっち」
ぐいと袖口を引かれた。
言われてみれば成る程、距離が近かった。触るのも恐らく、癖なのだろう。
そのまま此方の肩に手を置く相手を、至極冷静に観察して納得した。
『――戸和貴様!その距離は…レッドカード…!』
突如インカムに海堂の絶叫が響き、2人は喧しさに耳を押さえた。
視線をやるや、奴が隣の班長に「うるさい」とぶん殴られていた。
「いてえな!取引先の報告書纏めたのかてめえら!」
「あたりめーだろ。童貞が遅れた青春やってる間に終わらせたわ」
「誰が童貞だ!童貞って言う奴が童貞だ!」
その場で非常にどうでも良い応酬が起こった。
溜め息を吐く戸和の隣で、萱島が目を瞬いた。
「放っとくの?」
「ええ」
次第に両班の争いは、周囲の野次を受け収束に傾いた。
喧嘩両成敗で司馬が両者を殴り、小気味良い音が辺りに響く。
背凭れを掴んで観戦していた渉が吹き出す。少年は久方振りに破顔し、腹を抱え、年相応に笑った。
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