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episode.1-11

数枚の紙幣を渡し、1メーターの乗車が申し訳なく釣銭は断わった。 聳え立つ分譲マンションを見上げ、拳を握り締める。確か此処は…何だったか。 数刻前、萱島は戸和にとある住所を手渡された。 聞けば今の借家が遠い事を考慮して、社長が住居を用意してくれたそうだ。 いや用意してくれた、と言うのは語弊があった。 「部屋が余ってるから好きに使ってくれと」 相変わらず表情を一切崩さぬ部下が宣う。 それはつまり、社長の家に住めと。 絶句する萱島を見て、不憫に思った彼はこう付け足した。 「最上階をぶち抜いて玄関を纏めただけで…中はほぼ別個の部屋ですし、そもそもあの人は帰ってきませんよ。副社長には出会すかもしれませんが」 2人は同居しているそうだ。仲が宜しい事で。 しかも更に懸念事項があった。 記載された住所にやけに見覚えがあったのだ。 そして今目の前にして、やはり既知だと確信する。 懸命に頭を悩ませる。そんな最中。 「お、おー?…其処に居るん、萱島やないか?」 振り向いて唖然とした。 キリトリ(取り立て)の相棒、黒川組・若頭補佐の菱田が小首を傾げて歩いて来た。 「え、えーっ!な、何で!」 「アホ言いなや、ワシの家やで此処」 「…はいい?」 肩から鞄がずり落ちる。 「何やねん、用向きで来たんちゃうんかい」 「うわー…思い出した…このマンション叔父貴の知人が建てた奴だった…」 覚えがある筈だ。此処の住人は全て暴力団組員。 組長の自宅から、事務所から、ついでにAV撮影用の部屋まで…カタギが敬遠する、墓場の様な場所である。 何が一体どうなってこんな所に自宅を構えたのか。 青褪める萱島を余所に、菱田は怪訝な表情だった。 見れば相手はギンガムチェックで上下を揃えていた。 この男のパジャマなど、視界の暴力にも程があった。

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