12 / 186
episode.1-12
「ああ、お前アレかいな、神崎社長に用事か。タイミング悪いなあ、昨日帰って来て…北海道行く言うてまた出てったで。お土産もうたけど」
「いや用事というか…どうやら俺も暫く此処に世話になるみたいです」
「ほんまか」
駐輪場を犬に頬ずりしながら男が歩いている。あれは確か関東孝心会の大城若頭。
見たくもないプライベートを見せつけられる、新手の拷問に萱島は目を覆っていた。
「なんや腹立つな、お前…ワシの上に住むんかいな」
「菱田さん、俺がダメージ食らうんでそのだっせェパジャマどうにかして下さいよ」
「おんどれ、喧嘩売っとんか!嫁が縫うたんじゃ」
息を荒げ、しかしそこで菱田はロビーに現れた姿を認めて大人しくなった。
「…おう、萱島。帰って来たで。副社長の方やけど」
慌てて顔をそっちにやった。今朝5分のオリエンテーションをしてくれた男前が、スーツを着込んで夕刊を片手に突っ立っていた。
「副社長」
面を上げる。心なしか一日で輪を掛けてやつれていた。
「何してんだ萱島」
「社長のご紹介で此方に…」
「…ん?何…ちょっと待て」
菱田に軽く会釈を寄越し、彼は携帯を取り出した。エレベーターと同時に件の男を呼び出しているらしい。
「――よう遥、お前一言俺に断わっとけよ。てめえ…何だそれ。萱島が可哀想だろ、謝れ」
直ぐに通話切断音が響く。液晶を睨め付け、次いで黒い双眼が伺う様に萱島へ移る。
「何かな、アイツお前の借家を勝手に…月末で引き払う方向で話してるらしいぞ」
「なんですって」
「意味分かんねえだろ。俺今度、後ろから刺してやろうかと思ってんだ」
無言で菱田に別れを告げ、エレベーターに乗り込む。
萱島は心此処にあらずだった。何だそれ。
然それどそんな事よりも副社長が大変だった。21階に上がる僅かな時間ですら寝落ちしそうになり、萱島は度々彼を現実へ戻してやらねばならなかった。
ともだちにシェアしよう!