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episode.1-14
野菜をぶつ切りにして火を通し、湯を沸かす。パスタを拝借して沸騰した鍋に散らし、隣でトマトを潰したソースを作る。
20分も経たず大味な食事が出来た。
何と命名して良いやら分からないが、トマトスパゲッティで十分だろう。
「副社長?」
リビングの彼を呼ぶも、返事がない。
喋るなとは言ったが、律義に守られても困る。
皿を置いて其方に向かった。
ソファーに掛けた姿を覗き込み、萱島は納得した。
スーツを着込んだまま彼はお休みになっている。寝息すら立てず、整った相貌が作り物の様だ。
表情は存外にあどけない。
(勿体ないな)
こんな過酷な環境に身を置かずとも、幾らでも華やかな生活が出来そうなものを。
萱島は彼が掴んだままの資料に気付き、そっと離してやろうとした。
起こさぬよう最新の注意で。
触れたつもりが、俄に彼から手を掴まれていた。
「っ!…お、起きてたんですか?」
驚愕する萱島を薄眼がじっと観察する。
何か。妙に怜悧なその色に息を飲む。
「…誰だお前は」
「はい?」
一体何を言っているのか。
まじまじとその黒真珠の如き双眼を覗き込む。
しかし毫も冗談の気配がない。それどころか、まるで。
(別人の様な…)
「何故此処にいる?てめえ、奴の愛人か?」
「…萱島です。部下の」
「それは失礼。俺は相模だ、はじめまして萱島君」
軽い調子の話口、顔つき、雰囲気、すべてに置いてがらりと毛色を変えた。
訳が分からず萱島は閉口し、二の句が継げなくなる。
「幽霊でも見た様なツラだな。深く考えるなよ、此方に来い」
急に腕を引かれた。萱島が目を見開く。
あろう事か、後頭部を掴まれて口付けられた。
「…っ!」
咄嗟に相手の胸倉を掴む。
締め上げようとしたが、駄目だ、副社長だ…いやしかし等と考えていたら舌まで入れられた。
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