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episode.1-15

何だ何だ。何が起きた。 冗談じゃ済まされない仕打ちに、萱島の頭は軽いパニックへ落とされた。 逃げようとして更に腰を引き寄せられる。 畜生め。 「んっ、…ッぅ」 勝手に歯列をなぞられ、絡め取られて思わず声が漏れた。 連動して頬が紅潮する。 腹立たしい事に、やたらと上手い。 力が抜け、頭が朦朧とする。どうにか剥がそうと躍起になるが、生憎頑張ったところで勝てるべくもない。 離して貰えた時分には、すっかり息が上がっていた。 頬を掴まえ、此方を覗き込む。曰く“相模”を、萱島は精一杯睨め付けた。 「悪くねえ具合だ、俺の愛人になるか」 「…っ結、構です…!」 濡れた口端を乱暴に拭う。 取り敢えず一つだけ分かった。この男は、確実にいつもの副社長ではない。 以前仕事柄心理学の教本に手を出し、その傍ら見つけた臨床分野の頁が浮かんだ。 彼は現在の正式名称で解離性同一性障害…世間一般で言う所の多重人格ではないか。 相模は彼であって、彼では無い。 いや彼の多面性の一部が解離したものに過ぎないのだが、記憶や意識の隔たれた別の人格を有しており、けれども要するに見地統合の失敗であって問題の根本は一つの人格すら持てぬ所に…駄目だ。この分野は文字に起こすと余計に訳が分からない。 「…俺は貴方に用はない」 「冷たい事言うなよ、もう名前は教えたろ。それ以上の事なんて、セックスひとつやれば端まで理解が届くんだ」 なんでやねんと叩いてやりたかった。 どうでも良いが、以前関西弁を使ったら菱田にやたらと怒られたのを思い出した。 関東人のイントネーションが我慢ならないらしいが、お前だって道北の出身だろう。いい加減にしろと萱島は内心舌打ちしたものだ。どうでも良いが。 「そ、それ以上近づいたら殴る…」 「殴る?後で後悔するのはお前だぞ」 確かに。相模の正論に更に退路を断たれる。 そうして抵抗する間も無く視界がぐらりと傾いた。 柔らかいソファーへ身を沈め、萱島は追い詰められた様相で強張っていた。

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