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episode.2-6

階段を上りながら萱島は焦燥感に苛まれていた。 指先が小刻みに大腿を叩く。 何かを求め、舌打ちして煙草のソフトケースを弄(まさぐ)る。 (寝屋川隊長、貴方の事が全く笑えない) 代替品になるのなら手を出しそうな勢いだった。 ふとその瞬間、極稀に訪れる現象が萱島を襲った。 右目を鈍痛が貫く。 次いで、網膜上に貼り付いた様な映像が浮かび上がった。 (、またか) 知らない男が己を見ていた。 輪郭を追おうとすれば、ぼやけて霧散する。 脚が段差を踏み外した。 嫌な浮遊感に包まれた。 はっとして受け身を取ろうとした手前、駆け上って来た誰かに腰を掴まれた。 「――っぶねえな、この…」 覚えのある香水が馨る。 視線を上げると黒と茶色の双眼があった。 「副社長…」 礼を述べようとして、しかし萱島は昨夜の記憶から距離を取る。 「…相模さん?…ど、どっち…?」 「俺だ、俺」 決まり悪そうに腕を組む所作に安堵した。 今朝にも話したが、何をしたかまでは海馬に無いらしい。 「お疲れ様です、戸和に用事ですか?」 「ああ。お前は何してんだ」 「追い出されました」 仏頂面の部下に、副社長は首を傾けた。 どうやら余り機嫌が宜しく無い様だ。 「元気出せよ萱島、サンライズ・オナー今日の昼に三冠達成したぞ」 「はー!本当ですか!?…良かった、もう今月それだけが気掛かりで…」 一気にテンションが回復した。それ所か顔を覆って泣き出しそうな勢いだった。 「親馬が早期引退した時からこの日を待ち望んでいた…日本中の夢と希望が…良かった、本当に良かった」 「そうだろ、俺も商談中気になって気になって…。まあそれは良いが萱島、何でさっき落ちかけた?体調悪いなら無理すんな」 いつもの心配性を発揮した上司へ、萱島は肩を竦めてみせる。

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