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episode.2-7
「いやあ…気になさらないで下さい、ただの後遺症と言うか…あっ!」
突如目を見開く相手に仰け反った。
「何だよ」
「副社長、左目になんかこう…たまにオッサンの様な物が見えたりしませんか」
今度は本郷も倣って目を開けっ広げる。
「見える…めっちゃ見える」
「ふむ、やはり…」
「眼鏡掛けてるオッサンだろ。白衣着た茶髪で、推定40前後の…良かった、俺だけかと思ってたわ」
「いや俺と副社長だけでしょうけれども」
萱島は顎に手をやって考え込んだ。
この上司にも生じる現象であれば、間違いなく映像はドナーの生前の物だ。
然れど、現実的に考えて角膜に映像が焼き付くなんて事が在り得るのか。
ともすればオカルト的な要素を見出し、萱島は流石に気分が悪くなってきた。
「ちょっとごめんな」
上司が振動する携帯に気付いて取り上げる。
「…何だよ。ああ、それな。確か御坂の所の犬が…は?いや、目の前に居るが」
副社長の目が此方を射抜く。
怪訝な顔で見ていると、徐に携帯を手渡された。
「ん」
「…はい?」
「代われだと」
「誰が?」
「社長」
事も無げに上司は言うが。
一寸受け取る手が惑った。
入社して2日目になるものの、実は未だに雇用主の声すら耳にした例が無い。
萱島はつい居住まいを正し、咳払いをして応答した。
「…代わりました、萱島です」
『ああ萱島君?悪いな立て込んでて、色々説明をすっ飛ばしてしまった』
あっけらかんとした声が届く。
存外に優しい声色だったが、妙な底の無さを感じた。
「いえ、何か御用でしょうか」
『君のお父さんから仕事を頼まれてるんだが、直ぐに来て貰えるか。場所は今からメールするから』
「親父から…?」
一方的に通話が切れた。
30秒と経たずに初コンタクトを終え、萱島は上司へ携帯を返却する。
「すみませんが、出掛けてきます」
「そうか。何か面倒事か?」
「いいえ、まあ…どうせまた事務所の掃除か何かでしょう」
萱島の指先がまた小刻みに脚を叩く。
覗いた舌先が、ゆっくりと乾いた唇を舐め取った。
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