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episode.2-10

「黒川の親分に言われたんじゃ引き受けるしかない」 『頼むよ神崎君、今にもおっ死ぬんじゃないかと気が気じゃないんだから』 事務所が静寂に包まれた。 破壊された一室に佇む萱島が、CZ75をジャケットの下へと収めた。 (まあ、戸和が何とかしてくれるだろう) 無責任とはこの事だった。 モニター越しの萱島がふと、監視カメラの方角を見上げる。 神崎はその右眼と一寸、確かに視線が交わった気がした。 「…相変わらず派手にやってくれたな萱島」 「居たんですか菱田さん」 油塗れの顔面を拭きながら立ち上がる男を見やる。 若衆は可哀想に、その横で気絶していた。 「あなたこそ大胆な事を」 「ちゃうわい…武山が向こうとグルなって謀りよったんや。夕飯の支度しとったらいきなり東山会の連中が殴り込んで来たんじゃ」 一張羅がすっかり駄目になっていた。 穴だらけの事務所を見渡し、菱田は足元の男の頭を蹴っ飛ばした。 「しゃあかて、お前何で分かったんや」 「…親父から電話が来ました」 「あー、成る程な…あの人最近お前んとこの全知全能の社長と仲良うしとったからか。調査会社の頭ってそない何でも分かるんか」 萱島は時計を見た。 会社を出てから1時間は経っていた。さっさと戻らねば。 「菱田さん、後処理任せました」 「ほいよ」 一瞬菱田がちらりと視線を寄越した。 煙草を咥える男の目は何か言いたげだったが、無視して萱島は部屋を後にした。 外はどんよりと曇っていた。季節の変わり目の台風の所為だろう。 萱島はタクシーの通る表通りを目指し、路地を曲がった。 早く戻ろうと気が急いていたにも関わらず。 其処で急に横から伸びた手に、腕を掴まれていた。 「っ…!」 「よう萱島」 そのまま捻り揚げ、壁に押さえ付けられる。 見上げた先に在った、見知った面に舌打ちをした。

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