33 / 186
episode.2-14
お前は神崎社長か。
一方萱島は沈黙する携帯を手に、展開へ冷や汗を掻いていた。
既に帰ったものの、霧谷に連れ去られた自宅で散々に嬲られ、意識が吹っ飛んで起きたら夕方になっていた。
それから諸々の事情を思い出し、顔面蒼白で携帯を確認。慌てて連絡を入れた次第である。
取り敢えず15分以内にシャワーを浴びて、身支度を整えなければ。
萱島は激痛に蹌踉めきつつ、半ば這って風呂場を目指した。
(あのDV野郎…今度会ったら殺してやる…)
もう何回目か知れない誓いを立てる。
それにしても何やら副主任直々にいらっしゃるそうではないか。
今度こそしっかりしろと張り倒されるのだろうか。
シャワーのコックを捻り、シャツを着たまま温水を浴びた。
喉がひり付いて咳き込んだ上、もう全身が痛かった。
「…御望み通りほんと惨めだよ、畜生」
悪態を吐いて浴槽に項垂れる。
そうこうしてる間にも時間は過ぎる。
浴室を出て、髪を乾かし、ベルトを探しまわった。
汚れたジャケットを放り投げ、シャツの釦を留めていた矢先にインターホンが鳴る。
間一髪。
萱島は無意味に肩を跳ねさせ、エントランスとの通話機に半ば飛び付いた。
「――あ、はい、すいません!直ぐ行きます」
着衣もそこそこに鞄を引っ掴み、部屋を出てマンションの出入り口へ走った。
ネクタイを締め黒いパーカーを羽織った青年が、此方に気付いて目を見開いた。
「萱島さん、何もそんなに急がなくても」
「…いや、本当にすみませんでした…というかどうした、何も態々お前が迎えに来る事は…」
其処で急に口を噤んだ。
近付いた戸和の手が、そっと自身の頬に触れたからだ。
「この怪我は?何があったんですか」
つい答えあぐねる。部下の長い指先が、今度は萱島の手首へと触れる。
「こっちは。出る時は無かったでしょう」
「おお…何だよ戸和君、そんなに俺の事が気になるの…」
「茶化さないで下さい萱島さん」
戸和が叱る様な目つきで此方を見ていた。
「俺は心配して聞いているんです」
真摯な態度に息が詰まる。
初めて真っ向から見た彼は、想像以上に温かい思いやりを帯びていた。
ともだちにシェアしよう!