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episode.3-4
話を耳にした戸和は複雑な表情だった。
ただ萱島はこの件に関して、これ以上首を突っ込む事は出来兼ねた。
マンションのエレベーターを降り、上着に忍ばせた彼の辞表を押さえる。
紙切れ一枚を、これ程重いと感じたのは初めてだ。
(良い景色だ)
手摺りの外に目を向け、此処が高層階なのを思い出した。
流石年収1億規模の社長。
“建物と立地”の不動産だけなら、本当に素晴らしい。
(…人がゴミの様)
身を乗り出して地上を覗き込んだ。
風に攫われるネクタイに、ふと萱島の琴線が揺れた。
この手摺りの上を歩いたら、一体どれ程の高揚感が。
落ちたら大変所の騒ぎでは無いが、なんせトチ狂った人間の思考だ。
幅10cm程度の鉄筋に手を掛け、目の色も不穏なまま喉を鳴らす。
期待に、血液が恐ろしい早さで巡る。
ネクタイを緩め鞄を放り投げた。飛び乗る寸前、背後から知った声が止めていた。
「何やってんだお前」
今日は早いお帰りだった。
そのまま後ろを通り過ぎ、鍵を開け始めた副社長に目を瞬く。
「…景色に心洗われてました」
「ほんとかよ、人殺しそうな面してたぞ」
ドアを開けて中を促される。
確かに酷い面だったのは否めない。
気後れから従って入り、相変わらずだだっ広い室内の照明を点けた。
副社長の帰宅は好都合だった。
夕飯の支度をする傍ら、萱島はウッドから託された件を彼に話して聞かせた。
壁に背を預け、腕を組む。
相手は特に驚きもしなかった。
「そっか、まあ…その辞表未だ預かってて貰えるか。俺からも籍を抜かない方向で話してみるから」
2人の付き合いも、何だかんだ短くは無い。
色々思う所はあるだろう。
ただその話題はそれっきりだった。萱島は考え事を止め、湯気を立てる鍋の中身へ意識を戻す。
作っておいて申し訳ないが、我ながら料理に関しては不得手でしかなかった。
取り敢えず野菜を鍋にぶち込んでみたが、食べられるのだろうか。それすらも怪しかった。
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