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episode.3-5
其処で意識が不意に、中身からコンロの火へと移った。
綺麗な青い炎が揺らめいている。
都市ガスによるガスコンロの火は約1500度。
どれほどの物か好奇心が募り、何の他意も無く萱島の指先が伸びていた。
「──…!」
突然手首を引かれ、目を見開く。
「……お前…今、何しようとした?」
当人よりも唖然とした副社長が、まじまじと己を見ていた。
「あ、いや…熱いのかなと…」
「熱…」
眉間に皺を寄せ絶句する。
背後から届いた彼の手がコンロの火を止めた。
「萱島、ちょっと」
肩を引き寄せられ、たじろぐ。
訳は分からぬまま、相手の胸に額をくっ付けると不思議である。
子供のように素直に黙ってしまう。
「…お前、相模に会ったんだよな」
「?ああはい、一回だけ」
手のやり場が分からず困惑するも、結局所在なく落ろした。
「アイツが初めて出て来たのが確か…14か15の頃なんだが、先ず意味が分からなくてな」
萱島は大人しく彼の話を静聴した。
人の鼓動の音は、存外に落ち着くものだ。
「当時アメリカの大学に居たんだが、起きたら隣にクラスメイトの女子が全裸で寝てて」
「うわー…」
「しかも結婚する方向で話が進んでた。純粋な少年だった俺はパニックに陥ったよ」
「ぶっ飛んだ初体験ですね」
「いや幸い初体験じゃねえが」
何処が純粋な少年だ。
「その後も極稀に…一区間の記憶が存在しない。覚えの無いメールの履歴や、ノートには他人の筆跡が残ってた。まあ焦ったな、というか気味が悪くて発狂するかと思った」
「そりゃあ…そうでしょう」
「そんな時、ある教授が俺に奴の存在を教えてくれたんだ」
長い指先が髪を梳く。
心地良さに図らずも眠気が募った。
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