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episode.3-7

逐一感嘆しながら、行儀悪くキッチンでポトフをつつく。 談笑の傍ら、俄に眉を顰めた副社長が口を開いた。 「…お前、俺の名前知ってるよな」 「当たり前じゃないですか」 「家でまで役職名は勘弁しろよ」 確かに。 萱島は配慮が足りなかったかと自省する。 「失礼しました、本郷先生」 何故か少し笑われた。 「お前の事だから、下の名前で呼ぶかと思った」 「まさか…常識人の俺がそんな真似する筈ない」 「戸和に色々聞いてるぞ」 全く違う箇所に反応した萱島が動きを止めた。 「え、アイツ…俺の話してたんですか?…いやー、恥ずかしいわ…何話してました?」 「滅茶苦茶嬉しそうだな」 さり気無く避けていた人参を口に突っ込まれた。 只管に実に成らない会話を繋ぎ、顔を見合わせて笑う。 久方振りに誰かとこんな時間を過ごした。 いや寧ろ、初めてだったかもしれない。 心地良さに包まれ、2人はその日同じ部屋で、昔からそうしていた様に並んで眠りについた。 どちらからともなく、手を取り、指先を絡めていた。 不思議な行為だった。ただ安らぎの中でまどろみ、目を閉じた。 後になって思い返せば、その一時の油断がいけなかったのだ。 「…ん」 深夜。 萱島は寝苦しさに目が覚めた。 何時か知れない暗闇の中、衣擦れの音が耳を掠った。 「、…本…ご」 舌っ足らずに呼び掛けた。 視界が開け、目前に迫る相手に気付いた。 上体に重みが加わり、何かが髪を擽る。 開いた唇の隙間から熱い物が差し込まれた。 「んっ、ぅ…」 柔らかく熱が上顎をなぞった。酷く勿体ぶった動きで、次いで歯列を辿った。 息が出来ない。 ベッドが軋み、熱が深く舌へと絡んでいた。

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