49 / 186
episode.3-12
「萱島さん、どうしたんですか」
「何がだよ」
「ネクタイ片結びになってますよ」
メインルームへの道程、間宮の言葉に脚を止めていた。
廊下の半ば、自身の胸元を見やる。
本当だった。電車での子供の視線に、今漸く合点がいった。
「…何だ間宮、俺のオシャレに文句つけんのか」
「オシャレ?ああ、それは失礼しました。じゃあ」
「間宮、待っ…ごめんって、結び直すから待ってよ」
部下の襟首を掴んで引き止めた。
煩わしそうな顔をしつつも、何だかんだ鞄を持ってくれる。
彼も哀しいかな、こんな馬鹿らしい萱島の言動に絆される男の1人だった。
「あれ?どうやって…間宮これ、こっからどうなってる?」
「下手くそか」
「違うんだよ今日ちょっと…そうだ、下らない相談なんだけどさ」
間宮が首を傾げた。
鞄を受け渡し、2人は再びメインルームへと歩き始めた。
「例えばこう…友人というか、気の合う相手と事故が起きたらどうする?」
「事故って例えば?」
「うん、まあ…うっかり性的関係を…とか」
間宮が血相を変えて上司の肩を掴んだ。
「萱島さん…!誰だ、誰と性的関係を持ったんだ…!」
「ち、違う俺のツレがそんなアレで悩んでましたっていうアレだよ」
「ツレ!?本当でしょうね?」
切羽詰まった間宮に気圧されつつも頷いた。
何だか知らないが勢いが怖かった。
不承不承相手を離し、間宮は顎に手をやって思案する。
試しに海堂とそんな状態になった状況を想像してみたものの。
危うく廊下に吐く所だった。
「…おい間宮大丈夫か、急にしゃがみ込んでどうした」
「ちょっとすみません、性的事故については分かり兼ねますが…」
青い面で立ち上がり、胸を摩りつつ進言する。
「本当に気が合うなら、たとえ突発的に腹の立つ事があろうが、数十年会わなかろうが…不思議と勝手に続くものですよ」
萱島は簡素な返事を仕舞いこむ。
部下の横顔が、心なしか不調の所為でない影を帯びていて。
ともだちにシェアしよう!