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extra.2-4

休憩室の長椅子に掛け、牧はカフェオレを啜った。 肩を回し、窓の無い閉塞的な地下で息をつく。 どうやら知らぬ間に冷戦は終結した様だ。 まあそもそも、戦なんて起きてはいなかったが。 壁に凭れてぼんやり視線を移すと、自販機の前に主任が立っていた。 どうせ今日も砂糖限界投入の…等と眺めていると、彼の手はボタンを押す寸前で阻まれた。 「うっ」 背後からあろう事か、戸和が手首を掴んでいる。 牧は時を忘れ、唖然と成り行きを見守った。 「…戸和…戸和くん…お、押せない」 主任が消え入りそうな悲鳴を上げた。 ちらりと戸和が一瞥を寄越す。 お前、何だその「ああ居たのか」みたいな顔は。 突っ込みを入れる牧と泣きそうな主任を余所に、無敵の青年は躊躇無く無糖を選ぶ。 そして何事も無かったかの様に手渡すや、自分の珈琲を手に去っていった。 アイツ…酷い野郎だ…主任はブラックどころか、牛乳にすら砂糖をぶっかけるお子様舌だと言うのに。 牧は先般、自分が用いた“躾け”という表現に疑念を持った。 いや確かに、主任の砂糖の摂取量はヤバいものがあるが。 「戸和め、よもやあれでストレス発散してやがるな」 腰を上げ、可哀想にブラックを手に立ち尽くす上司に声を掛ける。 「萱島さん、貴方も何か言えば良い物を」 「…居たのか。いやアイツ、たまに俺にだけこういう嫌がらせするんだ…可愛いだろ」 「その無駄にポジティブなところ嫌いじゃないですよ」 不思議な反応で、萱島の目が明後日へと泳ぐ。 見兼ねた牧は仕方なく、黙って自分の物と彼の物を交換してやった。 「砂糖は入ってませんけど」 「牧…結婚してくれ」 大袈裟な。 そう言えば以前、自称恋愛スペシャリスト・間宮が、この上司についてこう提言していた。 “主任がモテるのは、簡単に手が出せそうなチョロさがあるからだ”と。 まあ失礼な野郎だが、確かに言わんとする所は分からなくも無い。 「萱島主任」 「ん?」 カフェオレを手に、上司は満面の笑みで此方を見上げた。 チョロいねえ。 牧は首を傾け思案した後、探究心からその唇を自分の物で塞ぐ。 「な…何だよ」 「いや何となく」 「何となくでキスするなよ」 至極マトモな事を言って、萱島はカフェオレを口にする。 奴の提言は割と的を射ているかもしれない。 牧は1人納得し、自分も無糖の珈琲カップを傾けた。 (理系は好奇心の塊)

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