64 / 186
episode.4-3
「怒るなよ、頼りにしてる」
「調子の良い野郎だな。その台詞は聞き飽きた」
「キルル」
パトリシアが少し甘えた声音で鳴いた。
忙しなく首を動かす。
そうしてばさばさと巨大な両翼を広げ、何か言う間もなく神崎に飛び掛かった。
「ちょ、待て重い…重いんだよお前は」
肩に飛び乗ろうと躍起だ。
神崎は彼女を腕に止まらせ、席を立った。
ベランダの窓を開け、秋晴れに鷲を解き放つ。
大きなシルエットが羽ばたいて瞬く間に空へと消えた。
保健所に通報されるぞ。
腕を組んで奇妙な光景を見やり、本郷は眉根を寄せる。
「ところで萱島君は元気にしてるか?」
不意に神崎が話題を変えた。
そう言えばそうだ。件の青年は、この男が連れて来たのを思い出した。
「元気も何も…見る度其処から飛び降りそうな勢いだぞ」
「ふうん、高層階が裏目に出たな」
そのままベランダの手前へ腰を下ろす。
開け放した窓に背をつき、神崎はメンソールの煙草へ火を点けた。
高級スーツで床に座り込む男に嘆息する。
机上にぶち撒けられた限定品を視界に入れ、本郷は「獣肉」と書かれた缶を渋面を作って摘み上げた。
「でも似てるだろ、お前に」
「…そうか?」
「自己犠牲的な所とかな…おいだから怒るなよ、感謝してるんだ本当に。しかし参ったな、御坂にでも相談してみるか」
指先に煙草を挟んだ男が肩を竦める。
苦手な陽光に照らされた瞳は、殆ど色素が失せていた。
「カウンセリングの類いならお前で良いんじゃないか」
他意無く本郷は言った。
神崎にはその手の奇妙な素質があった。
推薦を受け、紫煙を吐いた相手が表情のみで笑う。
「それなら俺より適任が居る、特に萱島君みたいなタイプは…素直だから理論整然と叱られれば正す」
「適任?」
萱島を理論整然と叱る人間など、考えてみれば思い当るのは1人だけだ。
確かに適当だがよもや、これ以上彼の負担を増やす気か。
今日は束の間年相応の日を送る部下に想いを馳せ、本郷は複雑な表情を浮かべた。
ともだちにシェアしよう!