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episode.4-8
「…って言うかその、お前学校行ってたんだな」
「この時勢何があるか分かりませんからね」
流石現実主義者。
感嘆し、ポケットに手を入れた。
さて用は済ませた事だ。
萱島は別れを告げようとして、不意に部下へ遮られていた。
「萱島さん、昼食は?」
「ま、未だだけど」
「せっかくいらしたんですから、学食くらい食べて行きますか」
虚を突かれ佇んだ。
誘われたのも初めてだった。妙に落ち着かず、ただ込み上げる何かに視線を彷徨わせる。
「…あ、はい…じゃあ」
結局萱島の目線は地面へと落ちた。
原因不明の気恥しさに目眩がしそうだった。
木陰の中を追従する傍ら、斜め前を歩く戸和を盗み見る。
ネクタイもインカムも無い。
その辺の若者と何ら変わらない、ラフなカットソーに身を包んだ背中。
今日の彼は、本当に一介の大学生だった。
「萱島さん?」
やけに静かな相手へ、青年が怪訝な顔を寄越す。
「いや、えっと…お前試験は?」
「もう終わりましたよ」
「…そっか」
あれ。普段何話してたっけ。
今までの当たり前が、全く浮かばない現状へ真っ白になる。
仕事の話なんて5割を切っていた筈だ。
そもそも会話に困るなんて前例が無かった。
「…そういやお前彼女とか居ないの?」
一体何を聞いている。
内心冷や汗を流し、自身を呪った。
案の定、急な問いに部下はきょとんとしているではないか。
「どうしたんですか、そんな詰まらない事聞いて」
「詰まら…ないですね確かに」
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