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episode.4-9
訝しげな戸和は立ち止まり、前触れ無く此方へ手を伸ばす。
首筋にひやりと低い体温が触れ、萱島は素っ頓狂な声を上げそうになった。
「い、いきなり何だよ…!」
「熱でもあるのかと」
「俺が?何で」
「どう見ても様子が可笑しいからでしょう」
可笑しいと言われた萱島は押し黙った。
反論のしようが無かった。
「熱はない」
「他に不調は?」
「何もない」
多分。
強いて言えば先から思考停滞症候群に悩まされていたが。
戸和は追及を諦めたのか、再び前を歩き始めた。
食堂に着くまで、萱島は例にないほど酷く大人しかった。
着くまでは。
中央館から離れた目的地に入るなり、すっかり元に戻った当人が目を輝かせる。
定食450円。凄まじく良心的な価格設定、和洋中全てを取り揃えた幅広いメニュー、4階建ての天井が突き抜けた巨大設備。
全てに心を打たれて萱島は終始感動していた。
テーブルの向かいに掛け、定食を口にしつつ、戸和は上司の雑感に適当な相槌を添えた。
「理想郷って具現化されてたんだな。来年から俺も入学するわ、出る時アラサーだけど」
「良いんじゃないですか、何専攻するか知りませんが」
「ああ…そういやお前って何勉強してんの」
萱島がピラフを突きながら言った。
机上には既に皿が山積みになっていた。
どういう理屈でその体積に収まったのか。
戸和は物理法則を乱す光景に眉根を寄せる。
「法学です」
「え…?数字が趣味なんじゃないの」
「ええ、ですからそれは趣味ですよ」
最早、この部下が不得手な分野を考える方が難しいのでは。
スプーンを咥え、萱島は一瞬で空になった皿を重ねた。
「戸和くんデザート食べて良い?」
「…良いですけど。その身体どうなってるんですか」
萱島はお構い無くデザートを制覇した。
しかも食堂のスタッフと知らぬ間にちゃっかり親交を深めていた。
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