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episode.4-13
9時を少し回った時分だったか、マンションのエントランスを抜けた段階で電話が鳴った。
RIC社長――神崎は荷物を抱え、エレベーターを呼び出しつつ肩に挟んだ携帯へ応答した。
「はーい、神崎」
落ちて来た箱に乗り込もうとしたが、何やら切羽詰まった声が右足を留める。
「…萱島君が?病院って…なに、また何かやらかしましたか」
結局エレベーターを見送っていた。
どうも急用らしい。
仕方なく方向を変え、再び駐車場へと逆行する。
「分かりました。直ぐ行きます」
愛車に乗り込んでギアを回し、事情も分からぬままアクセルを踏んだ。
電話は黒川組のナンバー3、菱田からだった。
萱島が病院に搬送され、預け先である神崎に連絡したようだ。
ただ容体を問うても今一つ要領を得ない。
指定された現場に車を走らせる道中、神崎は雲行きの怪しい空を仰ぎ見た。
「――お、おお…神崎社長!…すんません、こんな夜更けに」
薄暗い廊下の奥、菱田が気付いて声を上げる。
その二の句を遮り、還暦は過ぎたであろう男が彼を退かすや進み出た。
「…親父」
「菱田、神崎君と話をするから席を外して」
「あ、はい」
「黒川さん、萱島君の容体は?」
鋭い鷹の様な相貌が薄く笑む。
この男こそ自分に厄介を預けた、暴力団黒川組の統括者であった。
「外傷は掠り傷だけ。心配要らない」
神崎は不本意に乱れたスーツを直し、怪訝な顔をする。
「なら何故病院に」
「さてね、意識が無かったらしく。おまけに萱島の携帯が見つからず探してみたら、とんでもない所に落ちてたもんでね。君にはどうもまた厄介を掛ける」
その詳細すらまるで意図が汲めない。
適当な相槌を打ち、神崎は話もそこそこに病室の引き戸を開く。
独得な空気の最中、萱島は点滴の管を通して横たわっていた。
掠り傷と聞いたが…上掛けから覗く両腕の包帯は、随分と痛々しかった。
「君も小さい頃だけど、“弥田筱殺人事件”って知ってるかな」
「触りだけなら…それが何」
言い掛けて神崎は言葉を止めた。
まさか。意識の無い相貌を見据え、大して気にも留めなかったニュースを掘り起こしにかかる。
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