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episode.4-18

「お腹空いたか?」 首を横に振る。 もう日も近くなってきたが、昨日から何も食べさせていない。 キッチンから林檎とナイフを手に部屋へ戻る。 膝を抱えた部下の隣に腰掛け、ふと迷って手を止めた。 「…手の掛かる子だなお前」 一寸萱島が膝から顔を上げる。 どうせ塞ぎ込んだ子供のこと、真っ当なだけの食事は見向きもしないのだから。 器用に刃先を滑らせた。 飴色の大きな瞳が、猫の様にじっと観察している。 どうやら傷付いた自我が、軽い幼児退行を起こしていた。 「はい、どうぞ」 皿に鎮座した林檎を渡せば、見事な造形に飴玉が輝く。 羽先まで綺麗に整った瑞々しい白鳥。 何を思ったか手を付けるでもなく床に下ろし、微動だにせずじっと眺め始めた。 「こら、鑑賞用に剥いた訳じゃないから食べなさい」 聞こえていなかった。 面倒になり、羽を一つ取り上げ無理矢理口へと押し込んだ。 神崎の携帯が殊更喧しく振動する。 無視を決め込んでいたが、流石にクライアントが昨夜からの“待て”で痺れを切らしたらしかった。 「…はいはいはい」 怠そうに立ち上がり、机上のものを掴んで部屋を出る。 萱島は林檎を手にその後ろ姿を見送っていた。 ふいと視線がまた皿の上へと移った。 陽に照らされた、一羽の白鳥。 見つめていると、ばさばさ。急に窓の外から本当の羽音が響く。 巨大な影を伴い、突風を起こして。目を丸くした萱島が窓へ釘付けになる。 「キルル、ピル」 太陽を遮る程の体積だった。 呆然と座り込む余所者の手前、静かにその影は落ちてきた。 「――…」 「キー、キュルル」 息を飲む。巨躯の鷲が部屋に寛いでいる。 此方の身長程の両翼を広げ、数回風を起こして綴じ。 琥珀色の鋭い瞳をくるくる回し、じっと萱島を覗いている。 「……」 猛禽類だ。しかし、無意識に指先がそっちへ伸びた。 嘴の付け根あたりを擽る。 きっと、親子供以外は襲って構わない質だろうに。 名も知らぬ鷲は、双眼を細め厳かに頭を垂れていた。

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