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episode.5-4

火を止め、換気扇のスイッチを切る。 腕時計を確認するともうすっかり昼時だった。 「萱島、昼食べれるか」 リビングの方向に問いを投げるも、返事が聞こえない。 「…萱島?」 怪訝な表情でキッチンを後にする。 本郷はテレビの前で膝を抱える姿に歩み寄った。 液晶画面を見詰める瞳が動きを止めていた。 嫌な予感が渦巻き、同様に画面を覗きこむ。 自家菜園を紹介する男性。 レポーターと共に、にこやかに家屋の裏の畑を歩いている。 解説を加えながら徐ろに屈み、土を手指で掘り返す。 土に塗れた手がアップで映る。 本郷は咄嗟に萱島を掴まえ、視界を覆う様に背後から抱き締めていた。 『わあ、元気に育ってますねえー…いいなあ』 『この辺りはね、土が非常に良いんですよ』 スピーカーから長閑な両者のやりとりが流れた。 本郷の脳裏には、事件について記述された文面が蘇っていた。 “――逮捕された斜尾庸一はこう証言している。「遺体は自分でなく、同居していた児童が畑に埋めた。数日も経てば異臭がしたが、田舎で直ぐに誰かが訪ねて来る事も無かった」” 手を伸ばし、リモコンを掴んで映像を止めた。 痩せた身に両腕を回して力を籠める。 柔らかい髪を、肌を、微動だにしない相手を優しく撫ぜる。 「…当たり前の事なんだが、どうして親って選べないんだろうな」 閉じ込めた相手に問うた。 互いの心音が、僅かな隔たりを置いて重なった。 「何年経って大人になろうが…結局根本に、いつも子供の頃の記憶がついて回る。可笑しいと思うだろ、理不尽だと思ったろ。もう一度普通の腹の中から生まれて、やり直せたら良いと…」 大人しくしていた萱島が、不意に面を上げた。 間近の瞳を覗き込む。 其処に、もう先までの怯えは形を潜めていた。 その指先が本郷の首元に触れた。 シャツに隠れた鎖骨の奥。 影になった箇所には、明らかに故意の火傷が存在した。 自分と同じ。薄暗い記憶を労り、萱島は小さく頭を振る。 「…違う?…そう思うのか、お前は」 目を眇める本郷に、もどかしい胸中が痛む。 言えない萱島は、首に両手を回しぎゅっと抱き付いた。 人としての温度を確かめ、今はそれで良いとばかりに。

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