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episode.5-7
「この辺りやな…おい、火ィぐらい貸さんかい」
萱島が無言でライターを差し出した。
愛嬌の無い。
既に条件反射で皺をつくり、菱田は百均の火元を奪い取る。
「不気味なとこやな、貧民街か?」
少しズレたイントネーションが反響した。
入り組んだ路地裏は生活感が見えるも、静まり返っている。
クライアントを待ち侘び、煙草を手に時計を覗く。
昼時を過ぎた午後3時。日差しに緩んだ男の背後から、突如飛び抜けた影が襲い掛かっていた。
「…て、てめえらァ!金目のもん置いてきな!!」
菱田の肩が跳ね上がった。
バタフライナイフを突きつけ、目を血走らせた青年が怒声を張った。
「な、なんや!誰に物言うとんねん!」
懐に手を伸ばすも、刹那遅い。
刃物を持った敵は、一足飛びに懐へと踏み込んでいた。
「ぐうっ…!」
目を剥いて飛び退く。
尻もちを着いた菱田に、青年は刃先を光らせて乗り上げる。
「黙れ!さっさと金を寄越せ!」
「待て待て…!わ、分かったから一回…」
青褪めて喚いた。
慌ててスーツケースに手を伸ばすも、俄に響いた音へ阻まれた。
嫌に乾いたその音へ、虚を突かれ凍り付く。
菱田の眼前では、跨る青年がごぽりと血を吐いていた。
「は…」
理解が及ばず固まった。
青年は唇を震わせ、地面へと転がり落ちていった。
もうぴくりとも動かぬ四肢。瞬く間に広がる赤い染み。
菱田は閉口し、後ずさる。
あのガキ。
弾の飛来した方角を見やれば、想定通り。
門戸を潜る前に黒川の部下が渡した銃を掲げ、萱島がさも当然の様な面で立っているではないか。
「お前…なんちゅうことを…」
「兄ちゃん…!」
お次は何か、甲高い悲鳴が横から割り込んだ。
隠れて見ていたらしい。モルタルの影から腰丈程の少年が現れ、転がる様に死体へと駆け寄っていた。
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