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episode.5-8

弟か。 泣き縋る少年に悟る。 拳銃を下ろした萱島から、見る間に血の気が引いていた。 「何か言って…何か言ってよー!!」 震えるほんの小さな肩へ、かける言葉すら無い。 彼の兄はもう、息をしていない。 空虚な瞳は、何も持たず青空を仰いでいた。 「…っこの、」 胸に額を埋めていた少年が唸った。 血塗れの顔を上げ、背後の萱島へ吠え掛かった。 「人殺し…!!」 音を立てて拳銃が滑り落ちた。 呆然と憎悪の視線をただ受けた。 何も言えない。声帯を失くした様に。 人を殺して付き纏う罪を知らず、余りにも軽くトリガーを引いた。 無関心にすり抜けてきた萱島にとって、人が人をただの“個”以上に尊ぶコミュニティなど。 誰かに頼り、慕う情など、知る由も無かったのだ。 青年の遺体は業者に処理された。 打ちひしがれる弟は金を握らされ、スラムの奥地へと獣の様に姿を消した。 「萱島君」 あれから微動だにしない姿に、車を降りた黒川が声を掛けた。 拳銃を拾い、高齢の男は知った風に口を開く。 「君と同じになってしまったな、あの少年は」 突き付けられて顔面を上げた。 それを言われたらもう、この先どうやって。 「人を殺した罪は、死ぬまでずっとついて回るよ。煙草と同じ。一度ヤニを吸えば、もう二度と非喫煙者にはならんのさ」 告げた男は、出掛けに渡した凶器を差し出した。 黙って受け取ろうとしない。萱島に笑い、尚も単調な声を耳元へ落とす。 「覚悟を持たないなら殺すな。殺したならその覚悟を持て。さあ萱島、手を出して」 退路を切られた上で、どうしようも無いじゃないか。 目前には敵か味方かも分からぬ鷹のみ。 何処にも行けず震える手を伸ばせば、只管に重い拳銃が圧し掛かった。 「それで良い。心配しなくとも君は強かだ」 目元に皺を刻む。 黒川は上着を翻し、飛ぶように立ち去った。 ともすれば、あの青年は黒川が用意した“仕込み”だったのかもしれない。 そして弟に渡された慰謝料も、すべて承知の上で飛び込んできたのかもしれない。 そうであれば未だ良い、 そうであって欲しい、等と都合の良い背景を妄想する。 萱島は既に正気では居られなかった。 可能なだけ善意を捨て、虚しい“カラ”になる必要があった。 真っ当な物差しなど持っていれば、この道沿いに歩いて帰ることすら危うかったのだから。

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