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episode.5-9
***
単調な時計の稼働音。
僅かな鳥の囀り。
薄く開いた視界で、カーテンの裾を風が攫う。
指先がぴくりと痙攣する。
ソファーの上、朧げな思考で現状を考えた。
本郷が真っ先に気付いたのは、側にあった温もりの消失だった。
驚いてソファーから素早く身を起こした。
「…萱島」
何処に。
広い室内に視線を巡らせた。
姿は見当たらなかった。
視界の端に、机上に置かれた白い紙を捉えた。
殆ど反射的に手を伸ばす。
長い文面が、拙くも丁寧に綴られていた。
“ほんごうさん
あやまることがたくさんあります
じぶんは悪いことをしました
人もころしました。
あの人を悪いと思っていたのに、それと同じことをしました
17のときに今の家へ入って、
どうしようもない人間だと言われました。
自分でも、そう思います
死にそうになってはじめて
自分が生きていると思えました。
そうしないと、ダメになりました。
聞いて下さい。それが近ごろ、
少し変わったんです。
ここに来て、あなたに会って
みんなに会いました。
毎日がとても楽しいです。
びっくりしました。
思い出すだけで、
声を聞けるだけで本当にうれしいです。
俺の一生に、こんなに良いことがありました。
もう終わりだと思っていたのに、
こんなに素晴らしいことがありました。
それなのにいつまでも自分は独りよがりで、
みんなに迷惑を掛け過ぎた様に思います。
そうでなくとも、己の性質を思い知りました。
恐らく以前の自分に戻りました。
俺は臆病者です。
駄目な人間です。
今までと変わらず、皆と接する自信がありません。
本当の自分を知られて、皆に嫌われる事が怖いです。
貴方が大好きです。
此処に来て出会えた人達が大好きです。
何と言葉にして良いのやら分かりませんが、
ここ数日の日々が、全て勿体ない程です。
皆と居れた時間を全て宝物に思います。
大袈裟だと笑われてしまいそうですが、
どうか最後に感謝を聞いて下さい。
貴方達は、俺の人生における誇りです。”
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