93 / 186

episode.5-11

「――…っ!」 咄嗟に身体が背後へと避けた。 重心を崩し、手摺からぐらりと傾く。 本郷は銃を捨て床を蹴った。 刹那の隙に駆け寄るや、萱島を思い切り廊下へと引き込んでいた。 「キーーーッ、ギギ」 割り込んだのは巨大な鷲だった。 パトリシア。俄に現れた彼女は奇しくも萱島を救い、鳴き声と共に茜空へと去る。 俄に視界が転換し、助けられた当人は未だ呆然と座り込んでいた。 「…馬鹿野郎」 本郷が竦む身を抱き締める。 息が出来ないほど、責めるみたく。 「脅かすな」 なんて傷付いた声だ。謝罪をしたくて、然れど矢張り音は出なかった。 この人はさっき、何て事を。 土壇場のハッタリだとしても、あれほど躊躇いもなく、崖の縁まで。 衝撃を引き摺ったまま、萱島は間近のシャツを握り締める。 2つの影は暫し時が止まった様に、其処に連なっていた。 光景を崩したのは、エレベーターの開閉音だった。 視線を跳ね上げ、本郷は相手を離す。 近づく足音に伴い、やがてポロシャツ姿の宅配員が駆け込んで来た。 「あっ、どうもこんばんは…2101号室の萱島さんですか?」 「…ええ」 本郷は一寸対応が遅れた。 宛名が部下だったからだ。 サインを施し、60cm四方はある箱を受け取る。 大きさに反してやけに軽い。 去っていく宅配員を見送り、本郷は未だ座り込む部下へ歩み寄った。 「萱島、お前に」 とても不思議そうな顔をしていた。 それはそうだ。 当人が此処に住んでいる事を、知っている人間の方が少なかった。 やけに小奇麗な箱を見詰め、微動だにしない。 本郷は一言断わり、代わりに封を開けてやった。 (…ギフト包装?) 隙間から覗く厳重な梱包材に首を傾げる。 次いで上蓋を開き、現れたパステルカラーに思わず動きを止めた。 箱の中からは、大輪の花束が溢れ出していた。 赤、白、桃色、黄色。 その全てに注ぐ、鮮やかな金色の光。 芳しい香りを乗せて、柔らかい宝石が揺れる。 本郷は恭しく手を取るや、そっと萱島へと花束を渡す。 落とさないよう抱え込んだ。相手はただその生命美に魅了されていた。 箱の隅には未だ何か残っていた。 名刺サイズのメッセージカードであった。 丁重に拾い上げるや、本郷は目を眇めて文字を音へと変えた。

ともだちにシェアしよう!