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episode.5-12
「――“いつまでも…貴方を待っています”」
逆光に佇む。
萱島が花へ吸い込まれていた視線を上げた。
「“本部一同より”」
その響きへ、瞳が揺れる。
例え今話せたとして。
一つとして、言葉が出てこなかった。
震える手で花束を抱き、温かい生命へと額を埋める。
塞ぐ相手を見守っていると、まさに奇跡のタイミングで本郷の携帯が鳴った。
口元を綻ばせ応答した。
発信元は勿論、花束の送り主だった。
「間宮…ああ、さっき届いた。喜んでるよ、大丈夫」
その名前へ再び顔を擡げる。
萱島は唇を噛み、出し抜けに上司の利き手を掴んでいた。
送り主が其処に居る。
こんな下らない自分を“待つ”と教えてくれた、優しい自分の誇りが。
「……、」
伝えたい。
咄嗟に携帯を引き寄せ、それだけの衝動で声を絞り出した。
「…あ、ありがとう…!」
目を見開く。
自らの喉を押さえる。
確かに形になった、思いに心臓が早鐘を打った。
『――…何だ、…思ったより元気そうじゃないですか』
間宮が笑った。
その声だけで、胸が支えて二の句が継げなくなった。
『その花ね、誰が選んだと思います』
部下は勿体ぶり、少し言葉を区切る。
『戸和が買って来たんですよ』
萱島の手が離れた。
重力に従って落ち、
宙を惑い、
そうして再び目前の花に触れた。
「…俺からも有り難うな。ああ、また明日」
応答を代わった本郷が、2、3やり取りして通話を切る。
叱られた子供みたく泣く部下に笑い、精一杯柔らかく頭を撫でてやった。
「早くお前に会いたいって」
花びらが受け止めそこねた雫が、次々と地面へ垂れる。
「お前は?会いたいか、アイツらに」
一層強い秋風が髪をさらう。
序に花弁を散らし、夕焼けへと撒き上げた。
背景に、もう旅立ちに心奪われる事も無かった。
本郷を真っ向から見据えた目は、漸く今日へと帰って来ていた。
「――はい」
泣き出しそうな笑みを湛える。
哀愁を帯びた筈の表情は、不思議な事に今までのどの過去よりも…鮮やかな色を孕んでいた。
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