105 / 186
episode.6-5
(仕事仕事仕事仕事)
念仏の様に唱え、然れど聴覚は勝手にやり取りを捉える。
「…ええ、問題ありません。寝屋川隊長も戻られた様ですし」
敬語となると相手は絞られた。ツートップのどちらかだ。
「俺の事は構いませんから、もう少し御自身を気遣って下さい…貴方はいつも無理をする」
萱島の集中が完全に作業から断たれた。
なん、何という事でしょう。
部下の声が信じ難いほど優しい。
嫉妬から理性も飛び、ぎりぎりと萱島は首ごと引き込まれる。
「そうして下さい副社長。あの人にも宜しくお願いします、また連絡しますので」
会話は直ぐに終わったが、隣は面倒な事になっていた。
戸和はふと禍々しい視線へ勘付き、其方を振り向く。
「…何ですか萱島さん」
「いやお前が何だよ、ふわっふわじゃねえか…ふわふわ戸和さんじゃねえか」
唖然とキーボードに指を乗せたまま萱島は抗議した。
「俺への態度との落差だよ!そんなに本郷さんが…」
「取り立てて萱島さんに冷たくした覚えはありませんが」
「ええ…そうなの、あれで…」
否定されては引き下がる他無い。
大人しく仕事を再開した萱島に、戸和は怪訝な面をしていた。
別に自分は特段、副社長へ態度を軟化させたつもりは無い。
ただ彼に何ら指摘すべき点が無いだけで。
「何か御不満ですか」
珍しく話を繋げる青年に顔を上げる。
かと思えば地面を睨み、不満を抱いた子どもは歯ぎしりでもしそうである。
俺と副社長どっちが好きなんだ。
阿呆な台詞を吐きそうになり頭を抱えた。
結論、私情を職場に持ち込み過ぎていた。
「…萱島さん?」
単純に心配したのだと思う。
次の間、頬に手を添えて顔色を覗かれた。
ぱちりと間近で視線が合う。
状況を理解した萱島の頬が、瞬く間に一面紅潮してしまった。
「せ…」
思考は渦を巻いている。
全く機能しない中枢、萱島は何の思慮も無くただ浮かんだ言葉を声に出していた。
「セクハラ…」
部下の眼差しが、一瞬で氷点下へと落ち込んだ。
ともだちにシェアしよう!