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episode.6-5

(仕事仕事仕事仕事) 念仏の様に唱え、然れど聴覚は勝手にやり取りを捉える。 「…ええ、問題ありません。寝屋川隊長も戻られた様ですし」 敬語となると相手は絞られた。ツートップのどちらかだ。 「俺の事は構いませんから、もう少し御自身を気遣って下さい…貴方はいつも無理をする」 萱島の集中が完全に作業から断たれた。 なん、何という事でしょう。 部下の声が信じ難いほど優しい。 嫉妬から理性も飛び、ぎりぎりと萱島は首ごと引き込まれる。 「そうして下さい副社長。あの人にも宜しくお願いします、また連絡しますので」 会話は直ぐに終わったが、隣は面倒な事になっていた。 戸和はふと禍々しい視線へ勘付き、其方を振り向く。 「…何ですか萱島さん」 「いやお前が何だよ、ふわっふわじゃねえか…ふわふわ戸和さんじゃねえか」 唖然とキーボードに指を乗せたまま萱島は抗議した。 「俺への態度との落差だよ!そんなに本郷さんが…」 「取り立てて萱島さんに冷たくした覚えはありませんが」 「ええ…そうなの、あれで…」 否定されては引き下がる他無い。 大人しく仕事を再開した萱島に、戸和は怪訝な面をしていた。 別に自分は特段、副社長へ態度を軟化させたつもりは無い。 ただ彼に何ら指摘すべき点が無いだけで。 「何か御不満ですか」 珍しく話を繋げる青年に顔を上げる。 かと思えば地面を睨み、不満を抱いた子どもは歯ぎしりでもしそうである。 俺と副社長どっちが好きなんだ。 阿呆な台詞を吐きそうになり頭を抱えた。 結論、私情を職場に持ち込み過ぎていた。 「…萱島さん?」 単純に心配したのだと思う。 次の間、頬に手を添えて顔色を覗かれた。 ぱちりと間近で視線が合う。 状況を理解した萱島の頬が、瞬く間に一面紅潮してしまった。 「せ…」 思考は渦を巻いている。 全く機能しない中枢、萱島は何の思慮も無くただ浮かんだ言葉を声に出していた。 「セクハラ…」 部下の眼差しが、一瞬で氷点下へと落ち込んだ。

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