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episode.6-9

御坂は俄かに視線を萱島へ向けた。 一寸の測る様な所作に、指先から力が籠る。 「あの子、僕から離してあげた方が良いんじゃない」 頬杖を突いて表情は見えない。 だが一転気怠げな声へ、神崎は強張る部下を振り返った。 「沙南、いいよ。先に帰っといで」 「…はい」 毫も御坂から注意を逸らさず、萱島は後退した。 漸く潜った扉を閉めるや、廊下で額の汗を拭う。 (死神かよ) 背後の護衛だけでない。 御坂自身から、心臓を握られる様な本能的な恐怖を感じた。 同じ空間に居るだけで、強制的に死を連想したのだ。 やり取りを見るに旧知の様だが。 摩訶不思議な世界に息を吐いた先、今度は右眼へ鈍痛が襲い来た。 (…っ、くそ) 中枢にまで激痛が広がった。 上体を折り、壁に体重を預ける。 また壮年の男が己を見ていた。 一瞬、その残像へ綺麗にピントが定まった。 「あれ…」 目を押さえたまま面を上げる。 清潔な廊下を見渡し、萱島は有り得ないデジャヴを感じていた。 (まさか、同じ場所か?) 残像の中、垣間見えた背景とほぼ等しい。 萱島は一致するアングルを捜し、無人のフロアを見回した。 いや、恐らく室内からこの廊下を映していた。 確信の下、目に付いた空き部屋をこじ開ける。 中は小会議室の様だった。 壁には硝子窓が嵌め込まれ、萱島は其処から外の廊下を覗き込む。 (…此処だ) すとんと何かが腑に落ちた。 ぼんやり眺めていると、廊下に新たな影がちらついた。 霞んではっきりとは映らない。 ただシルエットからして、大人では無い。 少年だ。 明るい茶髪の少年が、此方を睨んでいた。 その影が先の男と重なり、そして息を飲む間に薄れて掻き消える。 ディティールを追う間も無かった。 然れど、あのモーション。まるで何かに勘付き、走り去って行ったかの様な。 「何だこれ…」 未だ痛みを訴える片目を押さえ、萱島は眉根を寄せた。 「ヤバい、完全に邪気眼目覚めてるわ」 改めて一帯を観察しようが、脚を踏み入れた経験など一度としてない。 自分には無論、それ以上の事なんて知る由も無かった。

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