109 / 186
episode.6-9
御坂は俄かに視線を萱島へ向けた。
一寸の測る様な所作に、指先から力が籠る。
「あの子、僕から離してあげた方が良いんじゃない」
頬杖を突いて表情は見えない。
だが一転気怠げな声へ、神崎は強張る部下を振り返った。
「沙南、いいよ。先に帰っといで」
「…はい」
毫も御坂から注意を逸らさず、萱島は後退した。
漸く潜った扉を閉めるや、廊下で額の汗を拭う。
(死神かよ)
背後の護衛だけでない。
御坂自身から、心臓を握られる様な本能的な恐怖を感じた。
同じ空間に居るだけで、強制的に死を連想したのだ。
やり取りを見るに旧知の様だが。
摩訶不思議な世界に息を吐いた先、今度は右眼へ鈍痛が襲い来た。
(…っ、くそ)
中枢にまで激痛が広がった。
上体を折り、壁に体重を預ける。
また壮年の男が己を見ていた。
一瞬、その残像へ綺麗にピントが定まった。
「あれ…」
目を押さえたまま面を上げる。
清潔な廊下を見渡し、萱島は有り得ないデジャヴを感じていた。
(まさか、同じ場所か?)
残像の中、垣間見えた背景とほぼ等しい。
萱島は一致するアングルを捜し、無人のフロアを見回した。
いや、恐らく室内からこの廊下を映していた。
確信の下、目に付いた空き部屋をこじ開ける。
中は小会議室の様だった。
壁には硝子窓が嵌め込まれ、萱島は其処から外の廊下を覗き込む。
(…此処だ)
すとんと何かが腑に落ちた。
ぼんやり眺めていると、廊下に新たな影がちらついた。
霞んではっきりとは映らない。
ただシルエットからして、大人では無い。
少年だ。
明るい茶髪の少年が、此方を睨んでいた。
その影が先の男と重なり、そして息を飲む間に薄れて掻き消える。
ディティールを追う間も無かった。
然れど、あのモーション。まるで何かに勘付き、走り去って行ったかの様な。
「何だこれ…」
未だ痛みを訴える片目を押さえ、萱島は眉根を寄せた。
「ヤバい、完全に邪気眼目覚めてるわ」
改めて一帯を観察しようが、脚を踏み入れた経験など一度としてない。
自分には無論、それ以上の事なんて知る由も無かった。
ともだちにシェアしよう!