115 / 186
episode.6-15
「戸和?」
声を掛けると視線が上がった。
静かな空気を壊さぬよう、足音を消して距離を詰める。
「…その、隣良いか」
「どうぞ」
腰を下ろす。
何をするでもなく、曲線を打つモニターを眺めていた部下へ倣った。
「主任、先程は手を上げて申し訳ありませんでした」
「え、いや…」
そうすると、急に青年は謝罪を寄越していた。
内容共々、その真摯さへ思わず鼻白む。
「過ぎた話は良いだろ…それより、彼が」
今は用件で誤魔化そうと、眠るジェームズの横顔を見据える。
萱島はそのあどけなさに驚き、閉口した。
考えていたよりずっと年若かった。
もしかすると、隣の部下とそれ程変わらない。
この部外者である筈の青年が、必要以上に感情移入する訳を知った気がした。
「どちらにせよ後1ヶ月だそうです。身寄りが無いなら最後まで、此方が責任を持つべきかと」
「ああ…そうだな」
何時になく重苦しい空気が流れていた。
冗談を言う気にもなれず、萱島は所在無く手を組んだ。
「…お前の落ち着く場所が無くなっちゃうな」
ぽつりと零す。
戸和は不思議そうに上司を見上げた。
「俺は…お前のストレスを増やしてばかりだし」
「そんな事はありませんよ」
「いやお前が弱音を吐ける位、頼れる存在であるべきなんだ。本来は」
上司は偶にふらりと現す、真剣な表情を湛えていた。
「今の俺はその…みんなに助けられているだけだから。特にお前は優しいし、直ぐにフォローをくれるだろ」
「優しい?稀な意見だ」
「…冗談言うなよ戸和」
組んだ手元を見たまま、萱島の口端が綻んだ。
「全員に聞いたら全員がそう答えるよ」
本音からそう言った。
少なくともこの会社で、悪く思う存在が居る筈無かった。
ともだちにシェアしよう!