122 / 186
episode(7-0-1) 「be all the world」
ああ。男が呻く。
うう、唸って頭を抱えた。
「五月蠅いよもう」
見兼ねて御坂は苦言を呈した。
伏せっていた友人が、俄かに頭を上げ捲し立てた。
「…どうしよう康祐!」
「だから五月蠅いって」
「来週だよ、もう時間が無い!」
指される儘に壁のカレンダーを向けば、水曜日は巨大なキャラクターシールが占拠している。
切羽詰まったバートの様相へ、御坂はそれ見たことかと呆れた。
間際まであれこれ楽しそうに悩むからそうなる。
「お金には困って無かったよ」
「はああ…じゃあ余計にどうしろってんだ」
「何だって良いじゃないもう」
頬杖を突いてぼやいた。
正直、そんな事よりも此方は生徒の課題添削に忙しい。
「…何だって良いわけないだろう」
急に落ち込む声音に視線を投げる。
「初めてのプレゼントなんだぞ」
悄然と足元を睨むバートは、酷く打ちひしがれていた。
何故彼が生まれて間もない息子を置いてきたのか。
御坂はその辺りの、込み入った事情を尋ねた例は無い。
ただ本当に偶然、教え子としてその息子に出会した。
それだけで。
「今までやれなかった分、全部祝ってやりたいんだ」
ぽつりぽつり独白を続ける。
バートの神妙さへ、御坂は先般、自分が出過ぎた真似をしたのではと思い直した。
その日も中庭に面した喫煙所、件の息子と話をしていたのだ。
既に会えば雑談を交わす仲になり、つい、口に出していた。
君のお父さんが会いたがっている。
そのリークに果たして、何の意味があったのか。
少年は顔色もそのまま。受け答えるでもなく、淡々と溝へ流したというのに。
“どうでも良い。”
それは実質、拒絶だった。
彼は既に自分の世界から排除していたのだ。
父という、もうアップデートも無いであろう不要な情報を。
「なあ、何か好きな物とか言ってなかったか?靴とか、鞄とか…」
バートの呼び掛けに、回想から意識が浮上した。
気付けば真ん前に掛けていた友人は、藁にも縋る様に身を乗り出している。
「…知らないけど、贈り物をするなら匿名の方が良いんじゃない」
友人なりに、気を割いて忠告をしたつもりだった。
男の面から喜色は消えたが、仕方ない。次に後悔するよりマシだろう。
「あ、ああそうだな…そりゃ嫌だよな、俺から貰う物なんて」
バートが黙れば音は何も無い。
なにせずっと一人で喋っていたのだ。
律義に覚えていた、息子の誕生日の事ばかり。
ともだちにシェアしよう!