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episode.7-1

出勤して早々、牧は鞄を取り落としそうになった。 現時刻6時21分。 未だ職員の姿は無く、それが唯一の救いである。 「…この阿呆責任者」 萱島がソファーで爆睡していた。 Yシャツとパンツ一丁で。 察するにスーツが皺になるのを面倒に思い、放り出してそのまま睡魔に落ちたのだろう。 足元には物証が脱ぎ散らかされていた。 牧は無言でジャケットとスラックスを拾い上げ、椅子の背凭れへ引っ掛ける。 ハンガーの機能には遠いが、皺になろうと知ったことではない。 「主任、起きて下さい」 鞄を脇に置いて肩を揺すった。 くぐもった声が漏れる。 頬を軽く叩くと、朧気な瞳が牧を映した。 「ほら、はよ起きろ」 「…ご、5億円」 一体何の夢を見ていたのか。 熟睡の割に覚醒は早く、健康そうで何よりである。 「お…牧…何だ、敵襲か」 「主任、ジャージとか持ってないんですか」 「は?何?…乳牛?」 牧は今一度、上司の横っ面を打った。 「…痛いです」 「見るに耐えないんで下穿いて下さい」 「あれ俺、穿いてなかったっけ」 寝相で脱いだのか。 何にしても早々として欲しかった。 彼方此方に跳ねた髪を掻き揚げ、萱島は朦朧とした頭でのろのろと動き始める。 辺りを見渡し、服を手繰るかと思えば釦へ手を掛けていた。 「おい何更に脱ごうとしてんだ」 「いや、着替えようかと…」 「着ろっつってんだろが」 心優しい牧くんが不快を露わにしているというのに。 机の下から替えのシャツを探す上司は聞いちゃいない。 もたつく指先が釦を外し、シャツが滑り落ちる。 薄暗い照明の下、やけに白い肩が露出する。 「ひぃ」 その矢先、手を捻り上げられた。 萱島は痛みから情けない悲鳴を漏らしていた。

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