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episode.7-5

「聞こえたろ。死にたく無いなら金輪際接触するな」 淡々とした神崎の声へ、霧谷は我に返った。 「おい冗談じゃねえぞ糞野郎…この恩知らずが、何言ってるか分かって…」 「第一発見者はお前らしいな」 目前の部下の脚が縺れる。 崩れる手前で、その腕を掴んだ。 あの虐殺に終止符を打ったのは、偶々異変に気付いた近所の少年…霧谷だった。 確かにその通報により、萱島は家から助け出されたのだ。 「それだけだ。枷を外したのはお前かもしれないが、其処から歩き出したのはコイツ自身だ。傷跡に取り入って引き留めようとしたのに…残念だったな」 飄々とした男の、一瞬の殺意に射抜かれる。 霧谷は縛り付けられたように其処に留まっていた。 「もう用済みなんだよ、お前」 灰色の瞳が怜悧に光る。 男が何も返せないまま、神崎は幕引きの扉を閉めた。 「…お、大変だ沙南。コンビニ行く時間無くなるぞ、彼処何気に距離あるからな」 黙って下を向く萱島の腕を引き、長い廊下を引き返す。 「そうか…寧ろ社内に作れば良いのか」 はたと思い至る。 雇用主の袖を、萱島は逆に引っ張り返した。 そうして何も言わず、半ば衝突する様に抱き着いた。 力任せにシャツを握り締め、外界から逃げて顔を埋める。 「…だから止めとけって言ったんだ」 縋り付いて嗚咽を漏らす部下に苦言を呈す。 一体この部下が、何を引き金に泣いているのかも分からなかった。 過去のトラウマか、自分の弱さか、それとも。 (10年以上も付き合いがあれば、どんなロクデナシでも情は湧くか) 霧谷は萱島の要望通り、今日にでも解放する予定だった。 自分に害を齎した根源の癖に。人間とは斯くも愚かなものか。 神崎には理解し難い感情である。 「朝食買いに行くんじゃなかったのか?」 「…ん」 漸く収まり始めた萱島が面を上げる。 未だ腕は絡めたまま、鼻を啜っていた。

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