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episode.7-6

「…シャツ濡れた」 「だろうな」 叱らない社長に増々調子に乗った。 ネクタイを掴み、愚図る子供の様に甘える。 呆れているのだろうが、社長はこんな時は放っておいてくれた。 存外に忙しく、余り構ってくれないが。 どうしてだか萱島は、神崎に無闇に絡む癖があった。 「あ。それから俺、暫く会社来れないからな」 「はっ」 この世の終わりの如き形相で萱島が睨め付けた。 そんな顔で見られても。 部下の頬を柔く引っ張る。 「嫌だ」 「知るか」 「家は?帰ってくるんですか?」 不安気な相手にも関わらず、神崎は変わらず適当に流した。 苛立ってネクタイを掴めば、負荷を掛けられた相手が息を詰める。 「…待て絞まる、絞まるだろ」 「その淡白さどうにかしないと、愛想尽かされますよ」 「経験無いな。尽かした事はあるけど」 咄嗟に手を離す。 つい落ち込めど、無駄な事は知っていた。 神崎は基本的に他人に興味が無い。 それは生来の感情欠損から来るものだが、何か、心配になるのだ。 沈黙を神崎の携帯が遮る。 いつもの、何処か間の抜けた応答をする男の手を握り締めた。 「ああ、どうもご無沙汰してます…如何されました」 頭上の瞳を見上げる。 無色に近い、奇跡の様なアイスグレーの虹彩が見え隠れした。 「いえお話は何時でも。宜しければ夕方にでもお伺いしますが」 ついでに、勝手知ったる相手の腕時計を盗み見た。 生憎コンビニに寄る時間は消化してしまっている。 「承知しました、また後程」 新規の客だろう。 丁寧に断って電話を終える雇用主から、そう判断出来る。 そうして通話を終えた矢先、ふっと神崎の表情が消えた。 部下は恐ろしいと評していたが、萱島はその垣間見える一瞬の無が好きだった。

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