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episode.7-7

「…見過ぎだろお前」 大きな手が眼前に翳される。 「そういやお前、俺に会った事が有るって言ったろ。覚えてるか知らんが」 「あ、はい…覚えてますけど」 ことりと首を傾けた。 覚えてはいるが正確には語れない。 「何か他にあるか、こう知らない記憶とか」 「記憶…」 先日の一件が萱島の頭に浮かんだ。 何故掘り下げられているかは不明だが、少々怪奇的な件を言い難そうに零す。 「ええと、社長の御友人の」 「御坂?」 「そう、御坂先生の研究施設にその…見覚えが」 神崎の手が萱島の頬を包んだ。 至極、不思議そうに瞳が覗き込んでいた。 「知らないオッサンと少年が見えたり」 「何だそれ」 「俺も分かんないんですが、多分本郷さんも」 「義世?関係あるのか」 「一緒の人から角膜提供受けたみたいで、同じ人が見えるんです」 「何…」 神崎が身を屈める。 間近で見詰められ、萱島は居心地の悪さに口を噤んだ。 「…それ以外は」 「以外は特に…何も」 その追求、何か思う所があるのだろうか。 顔を捕まえていた指先が離れるも、視線は貫いたままだ。 「因みにお前が手術を受けた日は」 「10年前の、9月17日」 アイスグレーの真中、すっと瞳孔が収縮するのを見た。 初めて目の当たりにする感情の起伏に、萱島すら驚いて身を竦める。 雇用主はどうも、妙なものに出会した様相だった。 暫しそのまま考え込んだ後、いつもの様に自己解決して背筋を伸ばす。 「戻るか」 それだけ告げた神崎に、萱島は蚊帳の外で呆けていた。 一体全体、何が何やら。 もしやあの妙な残像に意味があるのか。 しかも雇用主は答えに行き着いたというのか。 (あの少年…そう言えば) 萱島はふと、脳裏へ研究所で現れた彼を思い出した。 ぼやけた輪郭ながら、踵を返し、走り去っていた背中が蘇る。 (似てる) ドクンと心臓を突かれた。 目前にある神崎の背と、想起した映像が重なった。 何処かで会った。 自分が問うた話に繋がるのだろうか。もしそうならば、何処かで会ったのは萱島の記憶では無く。 「置いてくぞ」 眼の奥に痛みを覚え、其処で思考が途切れた。 いつの間にか開いた距離の先、神崎が呼んでいた。 「…待って」 神崎と居ると、安心する。 妙に不必要に近づき、瞳を覗き込みたくなる。 それは恐らく初めて相対した時、思わず相手へ身を寄せた時から。 いや。もしかするとそのもっと前から、ずっと。

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