135 / 186
episode.7-12
「お父さん犯罪です」
「犯…何だよお前まで…美咲、食べたら千鶴の所帰るからな」
「えー!!いやっ!絶対いやっ!今日泊まる用意も全部持ってきてるの!」
「千鶴には何も言ってないだろ」
「…だって言ったらママ駄目って言うもん!」
「なら帰らないと、アイツだって人並みに心配してる」
少女の顔が引き攣った。
小さな手が震え、眉根が寄る。
あ、泣く。
萱島が悟った瞬間、彼女は表情をぐしゃぐしゃにして甲高い呻きを漏らしていた。
「う、うぅーー…ああーー!」
子供の泣き声は凄まじい。
特に気を引く目的でなく、全力で泣くボリュームは半端でない。
本郷が暴れる小さな怪獣を抱き上げた。
幾らマセていようが、所詮小学生だった。
「うああぁ!いやあぁーーっ!」
泣き叫んで手脚を滅茶苦茶に振り回す。
呆気に取られる萱島の手前、本郷は黙って娘を抱いたままベランダへと消えた。
子供の嗚咽なんて久々に耳にした。
立ち尽くし、縁側で景色を眺める両者を見守る。
夕時の高層階は絶景だ。
父親の腕の中、少女が次第に大人しくなる。
ぐっと耳元へ顔を寄せ、本郷が何か彼女だけに伝えた。
鼻を啜りつつ、娘はもう恥ずかしそうに胸へ顔を伏せってしまった。
柔らかく背を撫でる上司を目に、萱島も先の混乱が収束し始めていた。
見る度いつも思う。
子供を宥める親の手は、まるで魔法の様だ。
(本当に、人の親なんだな)
無償の優しさが腑に落ちた。
料理が上手いのも、煙草を避けるのも。
すべてが今腕の中にいる彼女の為だとしたら。
先ほど会話の中だけに登場した、本郷の妻であった人。
顔も知らない彼女の存在を、部外者ながら少し憎らしいとさえ思った。
ともだちにシェアしよう!