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episode(8-0-2)

「どうも御坂先生…御会いできて光栄です。貴方のバイパス手術に関する論文、拝見しました。あれは素晴らしい」 一転して少年は謙(へりくだ)った。 絶妙なバランス感覚に舌を巻く。 「ただ貴方が書いたマテソン教授の講義レポート、あちらが傑作過ぎた。ファンレターを書こうと思ったくらいだ」 「それはありがとう。褒めてくれたのは君だけだ」 「本当に?この俺が唯一スクラップした記事なのに」 肩を竦めた少年は、とても14には見えなかった。 口調、身のこなし、頭の回転。 纏う服までも、全てが奇妙なほど完成されていた。 御坂の視線が煙草を追う。 灰皿に沈められ、それは姿を消した。 「…親が悲しむよ」 詰まらない台詞を吐いてしまった。 後になって、御坂はそう感じた。 「親?何の事です」 眇められるアイスグレー。 空気がほんの少し、剣を増す。 「俺の世界に親は居ない」 少年は両の口端を吊り上げた。 感嘆する笑みだった。 無論、良い意味では無い。 感嘆するほど、綺麗に口周りの筋肉のみを動かした笑みだった。 ひらりと黒い姿が去る。 宛ら、飛び立つ烏を思わせた。 後を濁さなければ、取り付く島もない。 独り生きる彼を、その時は見送る事しか出来なかった。 神崎が親友、バート・ディーフェンベーカーの実子だと知ったのは後日、ミーティング後の幕間だった。 研究1本で籠もりきりの男に、息子の話はこれ以上ない朗報だった。 彼は子供の様に喜び、破顔した。 然れど御坂は親友の様相へ、複雑な笑みを湛える。 (あの凍てついた瞳は) 同じ色を持つ筈の、父親と全く異なる。 (自分以外を、全て敵と見做した瞳だ) 「康祐!」 「…あ、うん。何だい」 ラックを背にぼうとしていた。 気付けば至近距離にある親友の顔が、物言いたげに此方を見ていた。

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