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episode.8-1
ハンドルを切る。
車間を滑る様に縫って、メルセデスが交差点を通過する。
「済まないね、急に来て貰って」
「とんでもない。俺も貴方と話をしたかった所だ」
神崎はクライアントと落ち合うや、些か天気の悪いドライブを開始した。
国道をなぞり、男の言う儘に徒広い道を進む。
曰くストーカーに悩まされるテイラーは、あれから早々に依頼の電話を寄越した。
今は神崎の運転の元、小ぢんまりと助手席に収まっている。
「時に貴方の口ぶりからすると、何か心当たりが在る様ですが」
「…今話して構わないかな」
「勿論。走る車中とは誰にも聞かれぬ絶好の場です」
信号が変わり、神崎がアクセルを踏み込む。
テイラーは落ち着かない様子にも見えた。
追われている人間には仕方の無い事だ。
終始キョロキョロと視線を彷徨わせる男を、目の端で捉える。
「私は…君のお父さんの事を調べていたんだ」
警戒していた割に、テイラーはすんなりと経緯を零した。
「君のお父さん…つまりバート・ディーフェンベーカーを殺害した人間を洗っていた。私は…当時彼の部下だったからね。彼には本当に、幾つ世話になったか数え切れない程なんだ」
「成る程」
短い返答。
窓ガラスを打つ雨音が重なる。
道行く人々が傘を開いた。
「それからだ。何者かの気配を感じる様になったのは…済まない、君にあんな態度を。今も正直落ち着かなくて、ロクに眠れもしない…」
テイラーの節くれ立った、薬品に少し爛れた指先が膝を叩いた。
その膝も小刻みに揺れ、演技でないのは見て取れる。
「神崎君、私と協力してこの件を解明しないか」
路面が濡れ始めた。
ちらりと面へ一瞥を投げる。テイラーは、只管に正面を睨んでいた。
「今から向かう先で…君に見て貰いたい物がある、君も追っているんだろう。父を殺した男を」
「ええ」
車は都心を迂回した。
今日は、雨の予報は無かったのだが。
神崎は関係のない、天候の事を考えていた。
「君のお父さんは本当に立派な男だった、本当に」
サイドミラーを確認し、車線を移した。
「そうですね」
平淡に呟く。
愛想の無い息子の返答にも、不思議と相手が気にする素振りは無かった。
沈黙の訪れた乗り物は、2人を静かに目的地へと運んだ。
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