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episode.8-6
「はい…?社長ですか?いや、聞いてませんけど」
椅子に片膝を下ろし、至極行儀の悪い姿勢で萱島は応答する。
机の上が書類で埋まり、電話を遠ざけた弊害だ。
忙しい訳では無い。単に整頓が下手くそなだけで。
「そもそも休みの日でしょう。何ですか…ロナルド・テイラー?知り…ませんよ俺、そんなに頻繁に話す訳でもないし」
萱島の台詞へ、隣の戸和が不意に面を上げていた。
「ああ、じゃあその研究者やらと宜しくやってるんじゃないですか…出ない?電源は?…そうですか」
書類の山を漁る手が止まった。
自分に向いた視線に気付き、隣へ声を掛ける。
「戸和君ごめん、空いてる?」
「…ええ」
「社長の携帯の…位置検索して欲しい。社用でもどっちでも」
「構いませんが、パスワードは?」
「本郷さん、パスは?…知らない、そりゃそうだ。適当に思い当たるの言って下さい、片っ端から」
要求しつつ、萱島はどうにか雪崩からPCを発掘する。
検索画面を立ち上げ言われたフレーズを打ち込むも、全て阻まれてしまった。
「他に何か無いんですか、初めて単勝当てた日付とか…失礼な、可能性の話をしたまでだ」
携帯を肩に挟んで渋面を作る。
生年月日、住所、会社の創立記念日、どれを入れてもエラー表示から変わらない。
そもそもあの人間が、他人に想像がつく範疇の鍵を掛ける訳がない。
歪みまくった形状の錠前に決まっていたが。
「他は…?もう無い?じゃあ諦めましょう、貴方が無いんじゃあ…」
降参を勧めながら、指先はリトライし続けていた。
何度もエラー画面を目にする度。
原因の分からない、表現し難い不安が募る。
そもそも親友である本郷が、位置検索を掛けるまでの異常事態なのだ。
ともすれば彼の身に何かあったのか。
更に寝屋川と足早に出て行き、本郷が出掛けていた場所とは一体…。
「萱島さん」
部下の声が思考を裂く。
「車番で入りましたよ、誤差1キロありますが」
感嘆した。流石としか言い様が無いが。
「…お前、人の車番なんて良く覚えてるな」
賞賛すべきか呆れるべきか。
ただ今は無駄口を飲み込み、左隣から拡大されたマップを覗き見た。
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