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episode.8-7
「副社長、一応都内ですね…いえ、移動は…してないみたいです。少なくとも車では。こんな郊外に一体何の用事が…」
萱島は無意識に此処からの距離を概算していた。
近い。
車を飛ばして15分とかからない。
「ああはい、戸和くんパスワード教えて貰っていい?」
「切れました」
「…何だって?」
宙を睨んでいた萱島が向き直る。
部下は真顔で言った。
「補足出来ません、電波が遮断されるエリアに入ったか…電源が切られたのかと」
「電…」
地下に入ったのか。この着信数を無視して電源を落としたとは考え難い。
それとも何か差し迫った状況なのか。
思考が泥沼の様に底へと沈む。
一先ず副社長に検索結果を送信し、萱島は席に着いた。
そもそも何故に神崎を捜しているのか。
後程説明すると言われた理由を、書類整理も片手間に考え続ける。
「萱島さん。合同調査のスケジュール確定しましたので、シフトと併せて送ります。承認は明後日までに」
「…ん」
「後は取り立てて、急ぎの用件は何も」
意識が部下へと移った。
瞬きを繰り返す上司に、キーボードを叩いたまま戸和が告げた。
「御心配ならどうぞ。後に悔やむくらいなら、先に行動する事をお勧めします」
此方を見ない。今日も淡々と話す青年を、萱島は呆然と眺めた。
「戸和」
「はい」
「少し出てくる」
「お気を付けて」
社用車の鍵が手渡される。
萱島は礼を言って受け取るや、一直線に出入口へと走って行った。
その姿を数人が不思議そうに見送った。
書面を手に背後へ近付く牧も同様、怪訝な顔で画面を向いたままの戸和へ問う。
「外出?」
簡素な返事で肯定した。
青年の指がブラウザ設定を立ち上げ、全ての履歴とキャッシュを削除していた。
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