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episode.8-10
「“俺を殺しに来た”、犯人はそう考えた。既に追い詰められ冷静な判断を欠いた彼は、私兵を使って先手を打った」
「……」
「会社を襲撃した人間、父を殺害した人間。俺は同一人物だと考えた。以上が貴方を訪ねた理由です、ご理解頂けましたならどうぞ、話を続けましょう」
「…ああ」
眼鏡を押し上げる。
只管聞き役に徹した男は、漸く口を開いた。
「成る程、君の考えは分かったよ。私がお父さんについて知っている事は全て話そう。その前に…紅茶でも淹れようか、少し待っててくれ」
「どうぞお気遣いなく」
「いいや君がね…気に入るかは分からないんだが…バートが好きだったメーカーがあるんだ。フレーバーティーだから、好みは別れるかもな」
机上に2客の華奢なティーセットが並んだ。
テイラーが洗い場へと姿を消す。
そうして数分も待たぬ間に、芳しい香りが辺りに漂っていた。
「さあ、良かったらジャムもある」
「恐れ入ります」
左側のソーサーを選び取った。
予期せぬ午後のティータイムが始まる。
テイラーの視線の先、神崎はゆっくりとアンティークの取っ手に指を掛けた。
路肩に車を止め、幾度目か数え切れないリダイヤルを押した。
変わらず流れる無機質な留守番電話のメッセージ。
その単調さに益々煽られる心地で、ハンドルに項垂れ、萱島は途方に暮れていた。
(分かっていたが…捜すにしても範囲が広すぎる)
過剰な心配かもしれなかった。
相手は自分よりも、余程道理の分かる大人なのだから。
(でも何で電話に出ない)
携帯を握り締めた。
電源は入っている。彼が手元から離す事は先ず無い。寝ていようが電話が鳴れば起きる。
何より言葉では説明し難い、胃が締め付けられる様なこの不安。
冬の長雨は上がっていた。
凍える様な寒気と砂埃の中、萱島はふと露出した空を見上げた。
「ギー―」
「…へ」
勢い良く身を起こし、食入いる様に目を凝らす。
今、確かに。
フロントガラスに落ちた影と鳴き声の主が、上空を鳶の如く旋回する。
「な、何でこんな所に…」
雇用主の愛鳥と知り、呆然とする萱島の視界で彼女は飛び続けた。
器用に弧を描く、金色の瞳と刹那視線が合う。
そうしてゆっくり北西へ傾くや、彼女は高級住宅街の上空へ滑り込んでいった。
「あ、ちょ…待った」
思わず車のドアを押し開け、鷲を追って小道を走り出した。
スニーカーへ雨水が染み込むも、構う暇は無い。
翼を広げた巨体は遠目にもはっきりと映った。
冷たい風に乗り、彼女は更に人気の無い奥地へと落ちて行く。
(広い…屋敷…?)
追い掛けた末、萱島は妙に雰囲気のある館へ辿り着いていた。
灯りから在宅の様だが、覗き込もうが人の気配すら無い。
「パティ、パティ…お前、人ん家だぞ。戻って来い」
萱島は小声で降り立った鷲を呼んだ。
中庭で毛繕いをし、呑気に首を回す。
鷲は反応して喉を鳴らし、手招きは認識しているらしいが。
帰って来る様子もなく、その場を只管行き来している。
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