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episode.8-11
「……パティ?」
まさか中に。
主人が居るとでも言うのか。
逡巡し、門の脇のインターホンを押したがどうも壊れていた。
呼び掛けるにも庭が広大過ぎる。
“――後に悔やむくらいなら”
悩む萱島へ、部下の台詞が蘇る。
そうだこの不安が杞憂かどうかなど、後にならなければ分からないのだから。
「…処罰はなんなりと」
萱島は門を飛び越え、濡れた芝生を踏んで走り出す。
古ぼけた木造の扉。表札も何も無い。
仕方なしに目前の扉を叩こうとして留まった。
悟られない方が都合が良い。
庭の様子からして、使用人が居るとは考え辛い。
幸い鍵は外されていた。
最新の注意を払い、萱島は薄い隙間から身を滑らせた。
足音を殺し、照明の灯る道を奥へと突き進む。
一体何をやっているのか。
正気に戻れば恥ずかしい事この上ないが、出処不明の使命感に突き動かされる。
傍ら、萱島は不意に話声を感知した。
息を止めて耳を欹てた。
奇しくも、落ち着いたテノールは雇用主の声で相違無かったが。
(本当に居たのか)
自分自身驚きつつ、どうにか開けた方角へ首を伸ばす。
天井が馬鹿に高い。
リビングらしい一室で、どうやら件の研究者と2人対面していた。
社長は此方に背を向けていた。
手元には繊細な柄のティーカップ。
一先ずその姿に安堵する。
然れど何故、電話に出ない。
ぎりぎりの角度で、更に覗き込む。
社長の対面に座す男は、如何様な人間なのか。
じっとディティールを追い、その瞳に映した。
瞬間。
「…――あ」
右目が猛烈に傷んだ。
それは、その映り込んだ姿は。
角膜に焼き付いたドナーの記憶と。
時折ちらつき、己を見詰める白衣の男と完全に重なっていた。
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