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episode.8-17
「…なあ、遥」
彼の正体を自分は知っていた。
手術の後、大学で知り合った同い年の友人だった。
「お前、見てたんじゃないのか」
被害者の視界に、神崎が居た。
それは、逆もまた。
見開かれた両眼にテイラーを捉える。
“君は何かを忘れている”
ざわめく神崎の意識上へ、御坂に渡されたメモの答えが洪水の様に押し寄せていた。
その日、喫煙所を後にした少年は研究棟の廊下を歩いていた。
学生は立ち寄らない、教職員の私室が並ぶ簡素な造り。
静閑な筈の一画で、神崎は怒声を耳にした。
目を瞬き、現場へと歩を詰める。
窓越しに伺った室内では、2人の男が対峙していた。
1人は背を向け立ち竦み。
1人は銃を携え、何事か喚いていた。
面倒な現場に出会した。
神崎は一瞬でそう解した。
「――…私もチームに入れろ!何故だ、何故拒否する!」
「そんな事をするからだ…一先ず銃を置け、置くんだロナルド!」
「私の話を聞け!!」
銃を手にした方は正気を失っていた。
言葉が通じない。
窓の外から食い入る様に魅入る。
何故か、神崎はその場に足止めされた。
「お前は…また…そうやって私を…私を、見下すなバート!その目を止めろ今直ぐ…!」
男が目を剥いて叫んだ。
バート。
バート・ディーフェンベーカー。
少年は意表を突かれた。
興味が無いとは言え父親と、よもやこんな形で。
ガタン。
あろう事か、傍らの木材が傾いた。
音のした方角を、2人の男が一斉に振り返った。
「誰だ其処に居るのは!!」
テイラーの絶叫が轟く。
殺気を漲らせる男の背後で、脅されていた当人と視線が交わった。
窓硝子の向こう、
此方を見詰める少年。
バートは認識した姿に震えた。
ずっと夢見ていた。
求め続けた、その輪郭が其処に居た。
「……遥…」
名が零れる。
一寸漏れ出した高揚を、瞬く間に焦燥が追い越して焼き尽くした。
「…逃げなさい遥!!」
目前の男に掴み掛かる。
空気を裂く唸りに弾かれ、少年は廊下を蹴って走り出していた。
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