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episode.9-1 「dear」

天にましますわれらの父よ 願わくは 御名の尊まれんことを 御国の来たらんことを 御旨の天に行わるる如く地にも行われんことを もう幾度となく訪れた一室で、眠る男の砂色の髪を梳いた。 嘗て、眩しく輝いた青い瞳は閉ざされたまま。 この閉塞的な地下同様、最後まで空を見る事は叶わなかった。 敬虔なクリスチャンの胸元には、銀色のロザリオが輝いていた。 戸和は親友の両手を組ませ、鈍く光る十字を握らせた。 「主よ、永遠の安息をかれに与え」 絶えざる光を、かれの上に照らし給え。 未だ温かい、未だ血の巡る頬。 友と呼ぶには語弊がある男。 血の繋がりこそ無けれ、いつも隣に居た男。 「かれの、安らかに憩わんことを」 横たわるジェームズの相貌を見詰めた。 知らない男の様に、真っ白に生気を欠いていた。 呼吸器に手を掛ける。 無機質な命の感触がした。 彼を見送ろうとした寸前、物音に阻害された。 視線を上げ、戸和は入り口を見やった。 騒々しい足音の後、現れた上司が壁に手を突いて呼吸を整えていた。 「…よう戸和」 漸く息をついて口を開く。 額の汗を拭い、萱島は顔を上げた。 「お疲れ」 一寸何と返して良いやら、淀んだ。 「あのさ、1個だけ聞きたい事があるんだけど」 「…どうぞ。何なりと」 ベッドの縁に腰掛け、常と変わらぬ声で了承した。 萱島はネクタイを緩めて患者を見やり、次いで部下へと移した。 「何で俺に場所を教えた?」 暑いな。 全力で走った余韻に、萱島は顔を顰めてジャケットを脱ぐ。 「社長のパスワードは車番じゃない、そんな純粋な番号をあの捻くれた人間が…お前が検索を掛けたのは、テイラーの社用だろ」 法人であればアカウントは一括管理が多い。 社用携帯であれば、戸和が知り得た可能性も無くはないのだ。

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