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episode.8-20
「早々と歩け、手間を掛けさせるな」
「げほっ、ぐ、う…く、クソ…!アイツ…あの使えない能無しめ…っ!!」
目を血走らせる。
テイラーは憤りがなった。
「一発殴らせろ!此処に連れて来い、アイツを…!!」
「何?お前の部下か?」
至極どうでも良さそうに、神崎が眉を寄せた。
時間稼ぎかそれとも、キレていようが八つ当たりに違いない。
「監視役だ…!はっ、お前らの動向も知っていた筈なのに!」
「…監視だと?」
此処へ来て、その台詞で場が止まる。
つけられた覚えなど無い。その気配すら。
先ず見られていたとして、寝屋川が気付かない訳がなかった。
「俺は一昨年、お前の殺害に失敗して監視を送り込んだ」
「送り込んだ…?」
「お前の会社に身元を隠して入社させたんだ…あの益体め!」
萱島が、本郷が。その場に居た誰もが凍り付いていた。
コイツは一体何を言っている。
一昨年、事件の直後に入社した人間なんて。
事件の枠の外に居た人間なんて、履歴を遡っても一人しか。
「親友がお前らに捕虜にされたと、派遣に自ら志願しやがった…あんな未成年のガキ!信用するんじゃ無かった…!!」
萱島の手から銃が滑り落ちた。
乾いた音が響く。
呻く男を前にして、誰も二の句を継げずにいた。
時刻は既に20時を回り、次第に辺りを宵の闇が包み込んでいた。
同時刻、牧は今日最後の報告書を責任者へ手渡した。
珍しく一段落つき、閑散としたメインルーム。
丁寧に目を落としていた青年は、佇む牧を見て返答する。
「問題無い。今日はもう閉めるか」
「お…やったなノー残業デー」
高々と拳を突き上げ、肩を鳴らしてPCを畳む。
粗方片付け鞄を取り上げた牧は、未だ帰る気配の無い相手に首を傾げた。
「出ないのか?」
「ああ、先にどうぞ」
「ほいよ。お前もさっさと休めよ…じゃあな」
自動ドアが開いた。
欠伸をし、脚を踏み出した。
「牧」
「…ん?」
呼び止める声に振り返る。
忘れ物かと思案した手前、戸和は背を向けたまま言った。
「お疲れ」
「え、ああ…」
虚を突かれた。
思わず言葉に詰まる。
「…お前も」
まさか労いを掛けられるとは思ってもみなかった。
何とも野暮ったい返しをして、牧は足早に部屋を後にした。
無人のメインルームの正面、戸和はふと自席から全てを見渡した。
長いようで短い。
僅か1年と少しの出来事が。
不思議と彼の中でこんなにも敷地を広げていた。
らしくない感傷の下、腕時計に視線をやる。
間もなく終幕の時が訪れようとしていた。
退屈しない職場だった。
最後すら素直にそう言えた。
諸々の感情を心に畳んで立ち上がる。
来る前はそれだけを目指した、唯一の目的であった
一室で眠る親友の下へ。
戸和は静かに全ての照明を落とし、変わらず1人の道を歩き始めた。
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