169 / 186

episode.9-3

「本部に襲撃があった日、お前言ったな。俺が居て良かったって」 あの日現場を後にしながら、零れ落ちた台詞を。思い返した。 「その前は…立て込んでる中、態々車で俺の家まで迎えに来た。不必要な労力を、どうしてお前は割いた?」 戸和は黙っていた。 彼に何か、こんな説教じみた形で話をするなど。一生無いと思っていた。 「心配してたんだろ。お前なりに、いつも何だかんだ気に掛けて、見てたんだろ。その気持ちの、何処が裏切りなんだよ」 純真に射抜く。 視線が部屋の中心でかち合った。 「行くなよ戸和」 いつも隣に存在した、唯一無二の部下。 それが消えたメインルームを、思い描く事が出来なかった。 「お前の居場所は此処だろ」 拳を握り締めた。 その存在がどれ程尊いか。一体どれ程、必要とされているのか。 萱島は全て端から目の前に並べてやりたい位だった。 「…どうして貴方は」 沈黙を貫いていた部下が口を開いた。 「其処まで俺を引き留めたいんですか」 漆黒の宝石に映り込んだ萱島が、虚を突かれて動きを止めた。 「どうしてって…」 そんな物は。 言い淀み、眉根を寄せた。 理由なんてごまんと在った。 しかしそれらを集約して、根幹を辿れば同じ事に気が付いた。 「お前の事が、好きだからだよ」 自然に口から抜け落ちていた。 声に出してからはっとした。 慌てて顔を上げる。まじまじと刺さる視線に、萱島の思考は半ばパニックに陥った。 「や、ごめん、間違えた…ちょっと、今のは…」 「何ですって?」 「待て待て、無しにしよう。何も言ってない」 こんのヘタレが。 萱島は自分自身呆れ、内心で罵詈雑言を浴びせた。

ともだちにシェアしよう!