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episode.9-6
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「ふっ…あはは!」
階段を駆け下りる少年が、堪え切れない様に笑う。
3段上から反動を付けて飛び降り、もう一端の脚力を見せつける。
上着の裾が翻る。
右へ左へ。さてどちらへ逃げようか悩んでいた矢先、追い付いた責任者に持ち上げられた。
「あっ!」
「いえーい、捕まえたー」
「卑怯だぞ!ショートカット使ったろ!」
少年が暴れた。
萱島は彼を降ろし、その手に抱える物を覗き込んだ。
「何それ?」
「鼠じゃないよ」
唇を尖らせた渉が持ち物を晒す。
「猫にあげるだけ」
昔から良くあるような、安価なコッペパンが袋に詰まっていた。
最近、駐車場を猫が彷徨いていたのは知っていた。
中華屋の隣に子供を隠している事も。
それに会社の人間が餌を与え、ついでに近所と中華屋の主人まで餌をやっている事も。
「そういや、何でまた遥が来てたの」
少年は何の気無しに尋ねた。
もしかすると、知っていたのかもしれないが。
答え方を逡巡し、結局萱島は誤魔化すのを止める。
「…例の一件の、犯人が」
目の端に相手を映す。
渉は少しも動揺していなかった。
「捕まえたの?」
「ああ」
「そうなんだ、良かったね」
平然と返す少年に次の言葉を探し倦ねた。
そんな萱島を他所に、渉は手中のパンを弄んでいた。
「俺、別にやり返したいなんて思わないよ」
静かな声に驚いた。
見詰める視線に構わず、彼は続けた。
「済んだ訳じゃないし、正直死んで欲しいと思う。けどもっと本当の事言うと、もう関わりたくないんだ」
この真下に行けば仇が居た。
彼と、仲間の。
日常をズタズタに引き裂いた、悪魔の様な男が拘束されているのだ。
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