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episode.9-6

*** 「ふっ…あはは!」 階段を駆け下りる少年が、堪え切れない様に笑う。 3段上から反動を付けて飛び降り、もう一端の脚力を見せつける。 上着の裾が翻る。 右へ左へ。さてどちらへ逃げようか悩んでいた矢先、追い付いた責任者に持ち上げられた。 「あっ!」 「いえーい、捕まえたー」 「卑怯だぞ!ショートカット使ったろ!」 少年が暴れた。 萱島は彼を降ろし、その手に抱える物を覗き込んだ。 「何それ?」 「鼠じゃないよ」 唇を尖らせた渉が持ち物を晒す。 「猫にあげるだけ」 昔から良くあるような、安価なコッペパンが袋に詰まっていた。 最近、駐車場を猫が彷徨いていたのは知っていた。 中華屋の隣に子供を隠している事も。 それに会社の人間が餌を与え、ついでに近所と中華屋の主人まで餌をやっている事も。 「そういや、何でまた遥が来てたの」 少年は何の気無しに尋ねた。 もしかすると、知っていたのかもしれないが。 答え方を逡巡し、結局萱島は誤魔化すのを止める。 「…例の一件の、犯人が」 目の端に相手を映す。 渉は少しも動揺していなかった。 「捕まえたの?」 「ああ」 「そうなんだ、良かったね」 平然と返す少年に次の言葉を探し倦ねた。 そんな萱島を他所に、渉は手中のパンを弄んでいた。 「俺、別にやり返したいなんて思わないよ」 静かな声に驚いた。 見詰める視線に構わず、彼は続けた。 「済んだ訳じゃないし、正直死んで欲しいと思う。けどもっと本当の事言うと、もう関わりたくないんだ」 この真下に行けば仇が居た。 彼と、仲間の。 日常をズタズタに引き裂いた、悪魔の様な男が拘束されているのだ。

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